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星野リゾートの現場力(4)奥入瀬渓流ホテルの「苔さんぽ」

2017年01月11日 公開
2023年05月16日 更新

星野佳路(星野リゾート代表)

地元の人さえ気づいていなかった魅力を再発見

一般的な会社員にとっては、仕事と遊びとは切り離して考えるものだろう。しかし、日本を代表するリゾート運営会社・星野リゾートでは、現場スタッフが「遊び」や「楽しみ」の中に仕事のヒントを見つけ、企画につながっているケースや、逆に仕事の中に趣味を見出すケースがあるという。そこで、本連載では、そのような「遊びと仕事」の融合の事例を紹介し、代表の星野佳路氏からも解説していただく。第4回は、「奥入瀬渓流ホテル」から、地元の人ですら気づいていなかった「苔」の魅力を伝えるスタッフの姿をリポート。《取材・構成=前田はるみ》

 

女性客に人気の「苔さんぽ」とは?

青森県・奥入瀬渓流のほとりに建つリゾートホテル「星野リゾート 奥入瀬渓流ホテル」。人気のアクティビティの一つに、「苔さんぽ」がある。ルーペを片手に奥入瀬渓流を散策し、約2時間かけて苔の観察を楽しむ。特に30~40代の女性客に人気で、「お一人様」の参加も多いという。ルーペの向こうに広がるミクロな苔の世界に触れることで、「新たな視点」を発見できることが魅力のようだ。

仕掛け人は、苔さんぽのガイドを務める丹羽裕之氏だ。奥入瀬の自然と、そこに生息する苔の神秘的な世界に魅了され、休日もほぼ毎日渓流を散策する。自ら「苔メン」を名乗り、苔に関するゲストの質問にも答えられるよう、日々の勉強を欠かさない。「苔の魅力がお客さまに伝わり、楽しんでいただけた時が一番うれしい」と話す。

丹羽氏が発案した苔アクティビティはこれだけではない。旅の思い出に持ち帰ることのできる「苔玉づくり」を取り入れたり、奥入瀬渓流に生える苔の特徴を料理で表現した「苔しずくディナー」など、どれもユニークなものばかり。そして、苔の世界を満喫したい人のために、これらのアクティビティをすべて楽しめる「苔ガールステイ」という滞在プランまである。

丹羽氏は、別に昔から苔が好きだったわけではない。東日本大震災の後、奥入瀬エリアの観光促進のため新たな観光資源を探していたとき、出会ったのが苔だった。

「奥入瀬には豊かな森がたくさん残っていますが、その森を形づくる土台の役割を担っているのが苔です。苔に着目することで、奥入瀬の自然の魅力をより伝えられるのではと考えました。それに、苔にはいろんな種類があるうえに、よく見るとかわいいんですよ」

地道な努力が県や学会も動かす

苔の専門家を招き、地元のネイチャーガイドたちと協力して奥入瀬渓流の苔を調査したところ、315種類の苔が生息していることがわかった。ただ、こうした活動に対して、はじめ地元の人々やメディアの反応は鈍かったという。「地元の人たちにとって奥入瀬の自然は当たり前のもので、その素晴らしさに気づいていなかったと思います」と丹羽氏。

4年経った今では、苔への注目も少しずつ高まり、青森県も観光資源として苔をPRするように。ついに2014年には、「日本蘚苔学会第43回」が奥入瀬渓流ホテルで開催されるまでになった。

苔さんぽのガイドをしていると、参加者に「趣味を仕事にできていいわね」とうらやましがられる一方で、「趣味を仕事にすると大変ね」と同情されることもある。しかし、丹羽氏は迷わずこう言える。「好きなことを仕事にできることほど素晴らしいことはありません」

 

 

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著者紹介

星野佳路(ほしの・よしはる)

星野リゾート代表

1960年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。日本航空開発(現・JALホテルズ)に入社。シカゴにて2年間、新ホテルの開発業務に携わる。89年に帰国後、家業である㈱星野温泉に副社長として入社するも、6カ月で退職。シティバンクに転職し、リゾート企業の債権回収業務に携わったのち、91年、ふたたび㈱星野温泉(現・星野リゾート)へ入社、代表取締役社長に就任。

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