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界 箱根の「寄木細工」

2018年02月01日 公開
2023年07月12日 更新

<連載>続・星野リゾートの現場力(5)

伝統工芸の魅力を伝える担い手になる

日本を代表するリゾート運営会社・星野リゾートでは、「遊び」や「楽しみ」の中に仕事のヒントを見つけたり、逆に仕事をきっかけとした趣味を楽しんだりしている社員が多いという。そのような「遊びと仕事」の融合の事例を『THE21』の誌面で紹介してきた連載「星野リゾートの現場力」を、オンライン限定連載として継続。第5回は、箱根湯本の温泉旅館「界 箱根」より、伝統的な寄木細工の魅力を伝えるスタッフをリポート。《取材・構成=前田はるみ》

 

単なる「伝統芸能の紹介」ではつまらない

箱根湯本にある「星野リゾート 界 箱根」は、食事や温泉を楽しむだけでなく、箱根に昔から伝わる「箱根寄木細工」の魅力に触れることのできる旅館である。寄木細工がロビーラウンジに展示されている他、部屋のしつらえや食器にも使われていて、寄木細工を身近に感じることができる。寄木細工は、さまざまな種類の木材を組み合わせ、色や材質の違いだけで模様を描き出す木工技術。木材の豊富な箱根ならではの伝統工芸だ。

夜になると、ロビーラウンジは「寄木CYAYA」へと姿を変える。江戸時代、東海道を往来する旅人たちが休息した峠の茶屋をイメージしたもので、寄木でつくられた器を使い、季節のお菓子や飲み物がゲストにふるまわれる。

寄木細工を紹介する紙芝居イベントも毎晩開かれている。紙芝居はスタッフの手作りだ。寄木細工が誕生した背景や、寄木細工のつくり方などを、紙芝居を通して知ることができる。

寄木細工をテーマにした「ご当地楽」(その地域の文化を体験できる界のおもてなし)を担当するのが、この旅館のサービスチームに勤務する藤野真司さんだ。藤野さんは、学生時代には造形美術を専攻し、卒業後はカフェギャラリーの運営や舞台美術に携わった経験をもつ。およそ1年半前に星野リゾートに入社し、界 箱根に配属された。地域の伝統工芸に興味があったため、みずから希望してこの担当になった。アートに造形が深い藤野さんにピッタリの役割だと言える。

今、藤野さんが取り組んでいるのは、ご当地楽の進化である。単なる伝統工芸の紹介にとどまらず、寄木細工の魅力を深堀りすることでゲストの体験価値を高めることに挑戦している。

「紙芝居は界 箱根の開業当初から実施していて、お客様にもわかりやすいと好評です。ですが、私たちがやるからには、ガイドブックには載っていないような情報、たとえば地元の人にしか聞けないようなディープなストーリーも含めてお伝えできないかと考えています。そもそも寄木にはどのような木が使われていて、木はどう管理されているのか、寄木の模様にはどのような意味があるのか、といった踏み込んだ内容に進化させていくことが一つ。また、紙芝居そのものも、ボードに描いた絵ではなく実際の木の質感を感じられるようなかたちで作れないか模索しているところです」

 

飽くなき探究心と、職人に寄り添う感性

藤野さんは大分県に生まれ、大学に入ってからは京都で過ごした。箱根の寄木細工のことは知識としてはあったが、それほど詳しいわけではなかった。ご当地楽の担当になり、実際に寄木細工の職人のもとを訪ねて話を聞くうちに、「私自身、寄木細工に対する見方が更新されました」と藤野さんは話す。

中でも興味を引いたのは、木の組み合わせだけで文様が描かれていることだった。

「1本の線を描くためだけに、木を切り、寝かせて乾燥させて、色を落ち着かせて、カンナで削り、磨き重ねる。相当の手間がかかります。これほど複雑な工程を経てまで、なぜ木だけで文様を描くことにこだわったのかがすごく気になりました」

職人と話すうちに、藤野さんはあることに気づいた。木について話す職人の表情がとてもうれしそうで、まるで子供のように輝いていたのだ。

「職人さん自身が木の美しさに魅せられて、自然への敬意や畏怖のような念を持ち続けていたのだろうなと思いました。山や木から受けたインスピレーションが、職人さんを突き動かした。そうやって、木だけで模様を描くという寄木細工の技術が発展していったのではないかと気づいたのです」

藤野さん自身がものづくりに関わった経験があるため、職人とも「共通言語」のようなもので会話ができるのは強みだった。会話が盛り上がり、普段の生活では知ることのできない職人の世界を垣間見ることができるのは楽しいと話す。寄木細工に対する飽くなき探究心と、職人の感性にも寄り添うことのできるバックグラウンドを活かして、ガイドブックには載っていない職人ならではのエピソードを引き出すことができているのだった。

こうした作り手の思いをゲストに伝えることも自分たちの役割だと藤野さんは考えている。

「たとえば伝統工芸品を買うという行為は、単純に器が欲しいということではありません。その文化背景を知り、作り手の思いを知り、伝統工芸を支援する意味合いが含まれていると思います。それらを伝えることができるのは、作り手とゲストの間に立つ私たちです。寄木に使われる木の種類や文様の意味の先にある、職人さんの思いに共感してもらえるレベルにまで、寄木細工を語れるスキルを身につけたいと思っています」

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