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孫正義氏が本業を変え続ける理由

2019年10月08日 公開
2023年02月24日 更新

三木雄信(トライオン代表取締役)

次の上りのエスカレーターを探すのが経営者の最も大事な仕事

 

 27歳でソフトバンク〔株〕の社長室長に就任し、孫正義氏のもとで「ナスダック・ジャパン市場開設」「〔株〕日本債券信用銀行(現・〔株〕あおぞら銀行)買収案件」「Yahoo! BB事業」などにプロジェクト・マネージャーとして関わった三木雄信氏は、孫氏は創業当時からずっと「SQM思考」で行動してきたと言う。SQMとはSocial Quality Management、つまり、社会全体で供給者と需要者をつなぎ、必要なものを必要なときに必要なだけ供給すること。ソフトバンクが本業を変え続けてきたのも、SQM思考をしているからだ。

※本稿は、三木雄信著『SQM思考 ソフトバンクで孫社長に学んだ「脱製造業」時代のビジネス必勝法則』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。

 

本業は3年で変える。ただしビジョンは不変

 誤解を恐れずに言えば、孫社長は飽きっぽい経営者です。

 新しい事業を始めても、3年もすれば飽きてしまいます。

 携帯電話事業を始めた頃は、日本中の携帯端末を部屋にズラリと並べて、それを眺めながら携帯電話のことばかり夢中になって考えていたものですが、おそらく今の孫社長の頭の中はIoTやプラットフォームへの投資のことで一杯のはずです。

 

 でも実はこれ、企業が成長を続けるにはとても良いことなのです。

 変化のスピードがどんどん加速している今、事業のライフタイムはどんどん短縮されています。

 一時は天下をとったビジネスでも、非常に短いサイクルで市場からピークアウトしていきます。早い場合は、それこそ3年くらいで姿を消していく事業もたくさんあります。

 Yahoo!オークションもeBayを追い出して一強体制を作り上げましたが、今では中古品売買と言えばメルカリが圧倒的勝者です。その分野でナンバーワンになったとしても、事業そのものが成熟期に入り、やがて衰退期に差し掛かれば、成長期に入った他の事業に押されて縮小や撤退の道を辿ることになります。

 だから孫社長のように、「次に成長できる領域はどこか」と常に新しいものを追いかけて、既存事業が衰退する前に次の成長領域に飛び移っていくほうがいいのです。

 

「上りのエスカレーター」に乗り換え続けろ

 ソフトバンクは時代とともにエスカレーターを乗り換え続けてきました。

「ムーアの法則」に従ってIT業界という大きなドメインには留まり続けていますが、実はその中で成長しているセグメントをいち早く見つけてきたのです。

 ソフトウェアの販売に始まり、コンピュータ雑誌の出版、ADSL、モバイル通信、ロボットと乗り換え、今またARMの買収によりIoTという上りのエスカレーターに乗り換えようとしています。

 孫社長を見ていると、「次の上りのエスカレーターはどこだ?」と探し続けることこそが、経営者の最も大事な仕事なのだとわかります。

 日本では歴史ある企業ほど、「先人たちが育てた本業を守っていくことが大切なのだ」と考えますが、衰退期に入った事業をいくら守っても、再び成長期が巡ってくることはありません。事業も人間と同じように、若返ったりはしないからです。

 よって本業を変えないことにこだわっていたら、会社ごと市場から姿を消すことになりかねません。しかもそのサイクルは、年々短くなっています。

 一つの事業に固執することは、会社の寿命を縮めることになるのです。

 

長年ソフトバンクを支えてきた営業部隊

 そう聞くと、皆さんはこう思うかもしれません。

「つまり旬を過ぎた事業はどんどん売却して、既存事業に関わっていた人たちはリストラしろってこと? それはあまりにひどいんじゃないの?」

 いいえ、とんでもない。そんなことを勧めるつもりはまったくありません。

 なぜならソフトバンクは、リストラをしたことがないからです。

 もしかしたら世間の人たちは、孫社長はビジネスのためなら人を平気で切るようなドライな経営者で、社員も短期間で次々と入れ替えているのだろうと思っているかもしれません。

 でも実は、長年ソフトバンクを支えてきた社員たちをとても大事にしています。

 特に孫社長が頼りにしているのが、流通・販売を担う営業部隊です。

 なかでもソフトウェア卸売業を手がけていた当時からの古参の社員たちは、孫社長にとって「旗本」とでも呼ぶべき存在です。

 創業当時から量販店との関係を築いて販売網を構築してきたこの営業部隊は、扱う商材がソフトウェアからADSL、携帯電話、スマートフォン、決済アプリ(PayPay)と次々に移り変わっても、孫社長から「次はこれを売ってきて」と言われたら、自分たちのネットワークを駆使して確実に売上を上げてくれる強者たちです。

 社員たちの側も、新規事業の周期が3年ごとに回ってくることをよく理解しているので、孫社長に振り回されるわけでもなく、「そろそろ新しいのが来る頃だね」と平然と商材の変化を受け入れます。

 孫社長も、こうした社員たちの大切さをよく理解しています。

 商材が変わったからといって、自分の考えを理解し、ソフトバンクの屋台骨を支えてくれている人をリストラしたりはしません。

 だからソフトバンクにずっと残って長年働き続けている社員も多いのです。そして、こうした社員が営業の重要ポジションにいるからこそ、ソフトバンクの必勝メソッドが受け継がれているという点も見逃せません。

 

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著者紹介

三木雄信(みき・たけのぶ)

トライオン〔株〕代表取締役社長

1972年、福岡県生まれ。東京大学経済学部卒業。三菱地所㈱を経て、ソフトバンク㈱に入社。27歳で同社社長室長に就任。孫正義氏の下で「Yahoo!BB事業」など担当する。 英会話は大の苦手だったが、ソフトバンク入社後に猛勉強。仕事に必要な英語だけを集中的に学習する独自のやり方で「通訳なしで交渉ができるレベル」の英語をわずか1年でマスター。2006年にはジャパン・フラッグシップ・プロジェクト㈱を設立し、同社代表取締役社長に就任。同年、子会社のトライオン㈱を設立し、2013年に英会話スクール事業に進出。2015年にはコーチング英会話『TORAIZ(トライズ)』を開始し、日本の英語教育を抜本的に変えていくことを目指している。2017年1月には、『海外経験ゼロでも仕事が忙しくでも 英語は1年でマスターできる』(PHPビジネス新書)を上梓。近著に『孫社長にたたきこまれた すごい「数値化」仕事術』(PHP研究所)がある。

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