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61歳でリストラに...レジ打ちから社長に転身した人が「肩書にとらわれない」理由

2021年11月18日 公開
2023年02月21日 更新

薄井シンシア(LOF Hotel Management日本法人社長〈カントリーマネージャー〉)

薄井シンシア

子育てのために17年間の専業主婦生活を過ごしたのち、一流ホテルや大企業で活躍した薄井シンシア氏。今年、外資系ホテルの日本法人社長に就任したが、その直前はスーパーのレジ打ちをしていたという。キャリアへの考え方を聞いた。(取材・構成:塚田有香)

※本稿は、『THE21』2021年11月号より一部抜粋・編集したものです。

 

可能性を広げるには経験なんて邪魔なだけ

ちょうど10年前、私は時給1300円で働くパートタイマーでした。そして現在、日本に進出したばかりの外資系ホテルで日本法人社長を務めています。

私が自分をアップデートし続けることができたのは、常に新しい学びを得て、成長できる環境に身を置いてきたからです。

10年前の私は52歳。しかも、30歳からの17年間は専業主婦だったので、ブランクも長い。ようやく見つけたのが、富裕層向け会員制クラブの電話受付をするパートの仕事でした。

そこで必要なスキルを徹底的に勉強し、誰もやりたがらないセールスの仕事を引き受けて実績を上げたところ、ANAインターコンチネンタルホテル東京の総支配人から声をかけられて転職。入社3年目には、1週間のイベントで過去最高となる1億6000万円の売上を稼ぎ出し、副支配人に昇進しました。

でも私は、もっと上を目指し、大きな金額を稼ぎたかった。それには1部屋が数万円のホテルでは箱が小さい。そこで、ラグジュアリーホテルに移りました。

さらに、59歳で日本コカ・コーラの東京五輪ホスピタリティ責任者に転職しました。決め手は、経験のないオリンピックの仕事ができること。他のホテルからもオファーがありましたが、同じ業界では、結局、今までやってきたことをコピペするだけ。それなら未知の世界に飛び込みたいと考えました。

転職するとき、普通は「過去の経験をどう活かすか」を考えるでしょう。でも、私にとっては経験なんて邪魔なだけ。一度手に入れた肩書や実績にしがみついても、自分の可能性は広がりません。

 

61歳で「リストラ」。スーパーのレジ打ちに

ホスピタリティ責任者として準備を進めていましたが、コロナ禍により、東京五輪は延期になりました。海外の観戦客を受け入れないことが決定的となり、私の仕事はなくなってしまいました。

会社からは「別の部署に異動もできる」と言われましたが、私が転職したのはオリンピックに関われるからであって、それが果たせないなら残る意味はありません。

とはいえ、61歳での仕事探しには、年齢の壁が立ちはだかりました。転職サイトを見ると、60代に門戸を開いているのは、介護、警備、保育、小売という限られた職種だけ。そこで、スーパーでレジ打ちの仕事を始めました。

この話をすると驚かれますが、私の強みはいつでも白紙からリスタートできること。つまらないプライドがないので、過去に一流企業に勤めていようが、マネジメントの肩書がついていようが、すぐに新人に戻れます。

レジ打ちでは、たくさんのことを学びました。この仕事はとにかく大変。支払い処理だけでも、現金かクレジットカードかスマホ決済かでプロセスが異なります。それを必死に学び、新たなスキルを身につけたことで、大きな自信がつきました。「この歳になっても、新しい仕事に対応できるんだ」と。

そんなとき、外国のエージェントから「投資会社が日本でホテル事業を始めるので、運営を任せられる人材を探している」と連絡が入りました。そこでオーナーと面談したところ、すでに日本で3軒の物件を購入済みで、「LIVE LIKE A LOCAL(地元の人のように暮らす)」をコンセプトにしたいとのことでした。

さっそくその物件を見に行ったところ、その場所で地元の人が暮らすイメージが湧かない。コンセプトに合っていないのでお断りしたのですが、オーナーからもう一度話したいと連絡があり、また面談をすることに。そして、ホテルの詳しい資料を送ってくれたのです。

それを見ながら、私はふと、あることに気づきました。

「物件を言い訳に断ったけれど、本当の理由は、トップになる自信がないからだ」

私は自分の弱さも素直に認めます。その瞬間に言い訳のフィルターが外れて、物件の魅力や良さが見えてきました。

オファーを引き受ける際、私は2つの条件を出しました。

1つは、肩書を日本法人社長にすること。繰り返しますが、私は肩書なんて興味がありません。では、なぜこの条件を出したかと言えば、日本で知名度のないホテルブランドが事業を展開するには、メディアの力を借りなければいけないから。「時給1300円のパートから社長へ」と聞けば、誰もが食いつくはずです。

もう1つは、人材採用について私に全権を与えること。専業主婦だった自分が社会復帰のチャンス与えてもらったように、今度は私が女性たちにチャンスを与えたいと考えました。

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