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畑正憲 たばこと生きる力

2017年03月08日 公開
2018年12月12日 更新

畑正憲(作家)

自分の正義を押し付ける不寛容さ

――世の中には畑先生のような愛煙家もいれば、たばこを吸わない人やたばこを毛嫌いする人もいます。

(畑)たしかに昔はたばこが嫌だっていう人は少なかったんですけど、いまは喫煙者が減って極端なたばこバッシングに走る人が増えています。喫煙者の皆さんにはお気の毒ですが、こうした社会の風潮にはますます拍車が掛かると思います。

――畑先生はなぜ極端な嫌煙家が増えていると思われますか。

(畑)そう聞かれて思い出したことがあります。もう60年も前の話です。日本が豊かになり始めるちょっと前に、外国産のたばこが日本に入ってきました。香料がまたきついんですよね。

僕なんかはいろんな種類を試すほうだから、アルバイトの帰りに缶入りの海外たばこを買うのが楽しみでした。家に帰って缶を開けると、まず香りを嗅いでね。吸うのは香りを楽しんだあとでしたね。香りは、たばこを吸う人にとっては強くても弱くても全然関係ない。一口二口吸ったら、すぐ慣れるんです。

問題は、たばこをやめた人です。彼らはたばこの香りやにおいに敏感ですよね。僕なんかもたばこが買えないくらい貧乏していた時代があるから、わかるんです。他人が吸っていると、あれはピースだとかね(笑)。

たばこをやめた人ほど毛嫌いしやすくて、ここ何年かでやめた人がたくさんいることも、世の中の風潮と関係しているのかもしれない。

――禁煙社会になりつつあるとはいえ、たばこを吸う人の立場も尊重される社会であるべきだと思うのですが。

(畑)そう思います。本当に嫌な社会になりましたね。何が嫌かって、たばこを嫌う人たちは、自分たちの正義を大上段に振りかざしてものをいうんです。自分のなかだけに正義をしまっておかないで、俺の信じる正義をおまえも信じろ、と押し付ける。信じないおまえは悪だ、とレッテルを貼って攻撃するわけでしょ。

たばこの問題に限らず、そういう物の考え方をする人が時がたつごとに多くなってきていますね。僕は民主主義の風化であり、民主主義の害毒だと思っています。

昨年11月の新聞に「厚生労働省は庁舎の屋外喫煙所の利用時間を制限したうえで、喫煙後は遠回りをして、においを落としてから庁内に入るというルールをつくった」というニュースが載っていました。どう考えてもおかしいでしょう。こんなのは正義でも何でもないですね。

でも現実にこれを正義と思う人がいる、ということなんです。他人の服についたたばこのにおいまで嫌だというのは、もはや受動喫煙の問題でもないわけですよ。個人個人の価値観を認めない、他人に対して不寛容な社会は民主主義ではない、と思います。

――副流煙や受動喫煙の問題に関してはいかがですか。

(畑)副流煙による受動喫煙の害がどのくらいあるかですが、どうも科学的ではない、と思います。じつは以前にこんな教育番組がありました。妊娠しているウサギの鼻先に、たばこ10本をまとめて火を付けた煙を近づけて無理やり吸い込ませる。すると心拍数が上がる、という実験を医師がやっていたんです。

何も知らない人が見たらなるほどと思うかもしれませんが、こんなの実験でも何でもないですよ。たばこの代わりにただの紙を巻いて火を付け、その煙を鼻先に近づけてウサギに吸わせてごらんなさい。心拍数が極端に変わりますから。

生き物とはそういうものなのに、あたかも科学的な実証データかのように取り上げる連中がいるから困るんです。その教育番組を見たときは仰天しました。

――医学に携わる人がなぜ、そんな非常識・非科学的なことに手を染めてしまうのでしょう。

(畑)医師になっても、博士号がないと開業したとき儲からない、と考えているのでしょう。博士号を取るためには論文を書かないといけない。たばこなら結論は健康に悪いと決まっているし、世間の通りもいい。審査に通りやすくて箔が付くからではないでしょうか。
 

自己治癒力はバカにできない

――最近では副流煙を吸い込む2次喫煙だけでなく、壁や床に染み付いたたばこの残存成分が大気中に放出されて健康被害を引き起こす3次喫煙の害なるものまで、テレビの情報番組で取り上げられるようになりました。もちろん科学的には何も立証されていません。

(畑)そんな害を立証できるわけがないですし、人の健康に影響するはずがないんですよ。だってこれだけ排気ガスを出す自動車が走るなかを人間は生きているんですから。仮に害のある物が体内に入ってきたら、それを自己免疫システムで防御しながら生きていくのが、いま生きている命という力強さなんですよ。

――害を及ぼす可能性のある物はすべて遠ざけるというのは、生物として生きることを否定しているのと同じですね。他人との接触や付き合いも危険ですし、あらゆるウィルスや各種のリスクが怖くて街も歩けません。

(畑)僕は作家をしながらテレビ番組も制作して、時間に追われて仕事をしているうちに、39歳で胃がんになって胃の全摘手術を受けました。医師からは術後の抗がん剤治療の継続を勧められましたし、定期的に検診も受けてください、といわれました。でも抗がん剤はいっさい飲んでいないし、術後検診に行ったこともありません。

もちろん医者の家に生まれて自分も医学部コースですから、近代医学は信じています。でも、個人の生き方として病気やケガをするたび医者に行くかというと、僕は倒れたときしか行きません。とにかく全部、辛抱して自分で治してきましたね。

――気力で病気もケガも治すような感じですか。

(畑)気力って簡単にいいますけど、本当に気力があれば薬の100万倍効きますよ。気力をバカにしちゃいかんのです。生きる力というのは大したものですよ。

たとえば動物の咬み傷は深いんです。獣の咬んだ歯は骨膜まで通ります。一年の半分を海外ロケで飛び回っていた当時、体に常時200から300の咬み傷がありました。それをいちいち消毒していたら、それこそ消毒の作用にやられて体がもちません。

だから咬まれたときは「咬んだか? よしよし」って動物の頭を撫でて、傷口はそのまま放置。そこから菌が入ってきたら、僕の気力と体が菌に勝てばいいんです。

(横を向いて)僕の首から顎までを見てください。ここに熊の歯が入って、顎を割られているんですよ。顎を割られて口が開かなくて、3カ月間、歯医者に行けませんでした。寝ていると出血して枕が血だらけになって、目覚めると血を吸った枕が重たくなっていた。

それを見て僕は、これだけ出血したら細菌は全部外に流れていっただろう、ざまあみろと(笑)。結局、医者に行かずに治しましたね。人間の自己治癒力ってバカにできないんです。

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著者紹介

畑 正憲(はた・まさのり)

作家

1935年、福岡市生まれ。東京大学大学院で生物を研究。会社員を経て著作活動を始め、「ムツゴロウさん」の愛称で親しまれる。77年に菊池寛賞、2011年に日本動物学会動物教育賞を受賞。

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