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世界が震撼したソレイマニ氏殺害、米・イランの緊張はまだ続く

2020年02月14日 公開

杉田弘毅(共同通信特別編集委員)

薄弱な法的根拠

だが、警告もなしに「イランの国民的英雄」と呼ばれた司令官を殺害するのは、その指示を受けた米軍幹部も「仰天した」と米メディアが伝えたほど度を越している。

殺害の法的根拠は薄弱だ。ソレイマニ司令官は軍人だが、イランと米国は交戦状態ではない。冷戦時代に米中央情報局(CIA)が平時に企てた外国政府の要人暗殺計画がその後「違法」と認定されたことから、平時に外国要人の暗殺はできないはずだ。

このためトランプ政権は「標的殺害」と呼ぶテロリスト殺害を実施に移したという。オバマ政権によるパキスタンでのオサマ・ビンラディン殺害がその代表例であり、トランプ政権も昨年秋にシリアで「イスラム国(IS)創設者のバグダディを殺している。

イランの革命防衛隊は米国にテロ組織として指定されているものの、ソレイマニ司令官は国家組織のトップであり、ビンラディンやバグダディとは異なる。

司令官はこれまで多数の米国人の殺害に関係しており、中東の4米大使館への切迫した攻撃を指揮しようとしていた、とトランプ氏は国連憲章が定める「国家の自衛権」を法的根拠として挙げたが、エスパー国防長官は「四大使館という情報は聞いたことがない」と否定した。

殺害現場となったイラクは、米国による突然の軍事作戦に反発を強めている。同時にイラクのシーア派組織幹部も殺害されたこともあり、シーア派主導のイラク政府は米軍の撤退を要求している。

もしイラクから米軍が撤退すれば、イランはイラクをますます影響下に置き、一方でISなどスンニ派過激組織の伸張も予想される。これではイラク戦争以来、米国が払った膨大な人的・財政的コストは無に帰す。

欠点の多い司令官殺害作戦には、与党共和党からも批判が起きている。政府から状況説明を受けた複数の共和党上院議員が、「この説明は最悪だ。まったく受け入れられない」と憤っている。

イラン革命防衛隊がイラクにある米軍駐留基地をミサイル攻撃しながらも米兵の死者が出なかったことで、トランプ氏は「撃ち方止め」を命じた。ウクライナ旅客機誤撃墜という大失態もあり、イランも身を引いた。

だが、米国とイランの対立の構図は変わっていないし、イランのウラン濃縮活動の無制限再開の宣言や米国のさらなる対イラン制裁発動で関係は悪化した。一時の平穏が長く続くとは思えない。

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