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「誰のための自粛か」在欧ジャーナリストが指摘する、欧米と日本の考え方の違い



2020年05月15日 公開

宮下洋一(ジャーナリスト)

宮下洋一バルセロナの中心地・ランブラ通りは閑散としていた(筆者撮影)

新型コロナウイルス蔓延に揺れる世界。そのなかでもスペインは、欧州最多の感染者数を記録している。南仏やバルセロナに拠点を置くジャーナリスト・宮下洋一氏も「ロックダウン(都市封鎖)」生活を余儀なくされた。なぜスペインでここまで感染が拡大してしまったのか。日本が欧州の事例から活かすべき教訓は何か。

本稿は月刊誌『Voice』2020年6月号、宮下洋一氏の「【ルポ】バルセロナ『都市封鎖』」より一部抜粋・編集したものです。

 

なぜ医療崩壊が起きたのか

3月中旬から下旬にかけ、スペインやイタリアは、米映画『コンテイジョン』(2011年)と同様の世界だった。

街を歩く人びと全員がマスクを付け、スーパーの入り口には長蛇の列、食料品の爆買いが始まった。彼の国のように、銃が売れる現象はなかったが……。

ピーク時には、1日の感染者が9000人、死者は900人を超えた。医療従事者の感染も感染者全体の14%(イタリアは8%)を占め、院内感染が進んだ。

患者で溢れ返る病棟では「命の選別」(トリアージ)が始まっていた。遺体安置所はなく、葬儀屋も葬式を断った。道ゆく人びとに、もう笑顔はなかった。

家のベランダから通りを見下ろすと、市警察や州警察が巡回し、救急車も頻繁に行き来を繰り返していた。

テレビを見れば、サンチェス首相夫人、マドリードとカタルーニャ両州知事も感染し、感染者情報を仕切る保健緊急警報調整局のシモン局長も陽性反応で自宅待機となった。

私の感染も時間の問題だ。自然とそう覚悟するようになっていた。

なぜスペインで、これほどの犠牲者が出てしまったのか。

スペインの医療体制に欠陥があるのか。高度医療技術を見れば、この国には欧州屈指の医師が多い。臓器移植手術においては、欧州平均2倍の数を誇る。国民医療保険制度も充実している。

ところが、スペインは2008年から6年間、どの国よりも深刻な経済危機に陥っていた。失業率は一時期、27.2%に上昇。25歳以下の若年層に限れば57.2%にまで達した。

当時、私も多くの失業者を取材した。地下経済が発展し、麻薬や売春に手を染める若者や主婦が街中に多く溢れていた。

国は、大胆な緊縮財政策を打ち出し、10年間で76億ユーロ(約9120億円)の医療費削減を実施した。それは世界で4番目に多い削減額となった。

マドリードでは、2010~18年の期間に1950病床が消え、3300人の医療従事者が職を失っていた。

経済協力開発機構(OECD)によると、GDP比における医療費が、2018年ではスペインが6.2%、イタリアでは6.5%と低いが、ドイツでは9.5%、フランスでは9.3%と高かった。

さらに医師や看護師など、医療関係者の数も、スペインは1000人当たり30.1人であるのに対し、ドイツは71人といわれる。

生死を分けることにつながる集中治療室のベッド不足は深刻だ。欧州統計局によると、ドイツでは、人口1000人当たりの重篤患者の病床数が602床であるのに対し、スペインでは243床しかない。

さらに、経済危機が起きてから10年間で、65歳以上の高齢者人口が全体の14.49%から16.17%に増えていた。

じつは、コロナがスペイン国内で猛威を振るい始めてから、介護施設・老人ホームでコロナに感染し、亡くなった老人の数は、5月8日の時点で1万7608人。死者全体の約67%に上る計算になる。

病院だけで犠牲者が出ているのではないという事実から、目を背けてはならない。

医療崩壊を招いてしまった背景には、医師や看護師らが長年、訴え続けた医療費削減反対の声に無関心だった政府の問題がある。あのときのツケが回ってきたことを、国民はみな理解しているに違いない。

握手や頬キスといった生活習慣だけが、コロナの犠牲者を生んだわけではないのだ。

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