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「森を壊す中国文明」がコロナウイルスを拡散させた



2020年06月11日 公開

関裕二(歴史作家)&石平(評論家)

関裕二&石平

古来、天皇や王の役割は疫病を鎮める祈祷にあった。ところが現代中国の「王」は疫病を鎮めるどころか、世界中にウイルスを拡散させてしまった。地球に宿痾をもたらす「病」を中国評論の石平氏、縄文文化に通じた関裕二氏が解明する。

本稿は月刊誌『Voice』2020年7月号、関裕二氏、石平氏の「縄文文明vs.中国文明」より一部抜粋・編集したものです。

 

「木が最高の宝」という認識

【石】関先生の『縄文文明と中国文明』(PHP新書)をたいへん興味深く読みました。縄文時代について驚くのは、1万数千年ものあいだ、縄文人のあいだで大規模な戦乱がなかったこと。発掘された遺骨を調べても、戦闘による外傷の痕が見られない、という。

なおかつ縄文人は交易や食糧備蓄など、高度な生活を営んでいました。世界史で見てもたいへん珍しい例だと思います。なぜ、このような暮らしが可能だったのでしょう。

【関】まず交易について、縄文人は当時すでに中国大陸や朝鮮半島へ渡っていました。縄文期の日本は湿地帯が多く陸路には不向きで、河川の移動を含めた「海の民」の活躍がなければ内外の流通が成立しなかった。

彼らは独自の情報ネットワークをもっており、たとえば朝鮮半島で金属をつくっているとか、中国大陸で戦乱が起きている、木を伐採しているとか、多くの情報を日本列島へ持ち帰っていました。

日本神話の神スサノヲは、鉄を求めて日本海を行き来した倭人だったといわれます。『日本書紀』神代第八段一書第五に、スサノヲの以下の言葉があります。「韓郷の島(朝鮮半島)には金銀(鉄や金属)がある。もし私の治める国に浮宝がなければよくない」。

ここでいう「浮宝」とはスギやヒノキ、クスすなわち樹木です。スサノヲはじつは熊野に樹木を植えており、縄文人の末裔といってよいでしょう。日本では、神話の時代から「木が最高の宝」という認識が受け継がれていることになります。

【石】縄文人は森や自然を大事にし、急速な開発をしなかった。他国の情報や文物を取捨選択し、新たな生活様式をゆっくりと取り入れたのでしょう。中国から稲作が伝来した際も、急激に国内を農業化するのではなく、狩猟・採集文化と並存するかたちで文明を保つことができた。

【関】縄文人が平和を志向するのは、狩猟民族の特性です。彼らは、生きるのに必要な分しか狩りをしなかった。宮沢賢治(岩手県出身)の『銀河鉄道の夜』に出てくる「鳥捕り」いわく、「からだに恰度合うほど稼いでいるくらい、いいことはありませんな」。

【石】中国の場合は、そうはいきません。4つ足のものなら机と椅子以外、何でも食べ尽くしてしまう(笑)。

戦乱の末に権力を手にした中国の王朝が真っ先に行なうのは、自然の破壊です。森を潰して耕地をつくり、木を燃やして起こした炎で青銅器や鼎を鋳造しました。なおかつ、それらは実用品ではありません。王が自らの政治権力を誇示するための道具で、無用の長物にすぎなかった。

拙著『石平の裏読み三国志』(PHP研究所)で三国時代について記したように、中国史はつねに「乱世」と「治世」の交替です。なおかつ治世の時代も平穏無事ではなく、苛烈な権力闘争と粛清が繰り広げられる。

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