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東京五輪をめぐって起こる“魔女狩り”…現代を支配する「大衆型同調圧力」の正体

2021年07月13日 公開

太田肇(同志社大学政策学部教授)

太田肇

同調圧力は、タテ(家父長型)からヨコ(大衆型)へ。時代とともに変異した動力源となったのは、SNSの発達だ。一体、同調圧力はどのような変遷をたどってきたのか? 同志社大学教授の太田肇氏は、こう分析する――。

※本稿は、太田肇 著『同調圧力の正体』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

圧力の方向はタテからヨコへ

コロナ禍が日本の組織、日本人の働き方に与えた影響は衝撃的だった。新型コロナウィルスは組織の壁、そして旧来の秩序まで破壊する。

「密」を許さない新型コロナウィルスの性質により、ピラミッド型の閉ざされた組織が機能しなくなった。代わって主役に躍り出ようとするのがテレワークという働き方、ネットワーク型の組織である。

タテのピラミッドからヨコのネットワークへ―― 。それは同調圧力を語るうえでも象徴的な変化である。

この数年、同調圧力の風向きが少し変わってきたと感じている人が少なくないのではなかろうか。

象徴的な例が東京五輪をめぐる世論の変化である。誘致から開催準備まで国や東京都などの体制主導で進められ、国民一丸で大会を盛り上げようという機運に水を差す余地はなかった。

ところがコロナ禍で世論は一変し、開催に反対する声が支配的になった。SNS上では五輪出場が決まっている選手に対して、出場辞退を促すメッセージが送られ、選手を困惑させる事態もあった。

そして国民にワクチンが行き渡らない中で選手に優先接種することへの批判が強まり、国民にしわ寄せが生じない別枠による接種でも「不公平だ」「選手と国民の一体感が損なわれる」といった声がネットの世界を席巻した。要するに日本という共同体の同調圧力は変わらない中で、圧力の方向がタテからヨコへ変化したのである。

変化の兆しはコロナ禍以前から、私たちの身近なところでもすでにあらわれていた。

近年、職場で上司が部下を飲みに誘うことはめっきり少なくなった。上司に中元や歳暮を贈る習慣も消えた。私生活でも結婚式を挙げないカップルが増えているし、葬儀も家族葬が急速に広がり、結婚式や葬式に職場関係者が参列する光景はほとんど目にしなくなった。それだけ職場共同体の中での序列と「囲い込む力」が弱まったことをあらわしている。

またコロナ禍で大小のスポーツ大会、地域の祭りや各種イベントが軒並み中止された背景にも、ある変化が読み取れる。まるでドミノ倒しのような中止の連鎖については、中止せざるをえない同調圧力のあらわれととらえる人が多い。そもそも一つの方向へいっせいになびかせるのが同調圧力の性質だからである。

しかし中止を決定した当事者の周辺からは、それと違った声も漏れ聞かれる。これまで組織による無言の圧力のもとで中止や簡素化の声を上げづらかったが、コロナ禍を理由に堂々と言えるようになったというのだ。つまり新型コロナウィルスの蔓延を防ぐという大義名分が、タテ方向の同調圧力を弱める大きな力になったわけである。

無際限の貢献を求める企業組織にしても、家父長主義の経営にしても、背後には制度化された序列やルールがあった。企業不祥事やパワハラも上下の力関係の中で起きている。つまり、そこにはタテの同調圧力が強く働いているのだ。

しかし徐々にその弊害が指摘され、被害者は声を上げるようになった。マスコミの力を借りながら世論もそれに呼応して盛り上がり、過剰な同調圧力にブレーキがかかり始めた。そして共同体主義そのものに少しずつ警戒の目が向けられてきた。

 

何が、タテの圧力を下げるのか

背景には、タテ方向の同調圧力を小さくした構造的な要因が横たわっている。

それは広くとらえるなら工業社会からポスト工業社会への移行、その中でもとくに大きな役割を果たしたのがIT化である。そこには当然ながらインターネットの普及からAIの進化、それに価値の源泉がハードウェアからソフトウェアに移行したような波及効果も含まれる。

まず、工業社会からポスト工業社会への移行がもたらした影響を考えてみよう。

製造業では原材料の調達から部品の製造、組み立て、出荷といったプロセスをたどる。そのため業界にも社内にも一方向の流れができ、それが元請と下請の関係や組織の階層といったピラミッド型の構造をつくる。そして製造業は経営環境も比較的安定しているので、雇用も長期的になる。その点でも年功序列制がなじみやすい。

いっぽうサービス業、あるいは製造業でもソフトウェアの比重が大きい業種では、仕事が市場や顧客と直結していて階層化されにくい。そのため雇用も流動的になる。

その結果、働く人にとっても従来のような昇進を軸にした垂直的キャリア形成が行き詰まり、組織の枠を超えてヨコ方向にキャリアを形成する人が増えてきたのである。社内での出世を考えなくてもよくなれば、必然的にタテ方向の同調圧力は弱まる。

そしてIT化は、少なくとも二つの意味でタテ方向の同調圧力を低下させた。

一つはパワーの源泉が経験やローカルな知識、つながりから、創造力や専門的な知識・技術などへシフトしたことである。それによって組織の中では階層的な序列を正当化する理由が薄れてしまった。

実際、職場では年齢の若い部下のほうが年長の上司よりも創造力や専門的知識・技術が優れ、上司が部下の協力や支援を受けなければ仕事が回らないといったケースも増えている。そして、これらの知識や能力があればいざとなったら転職もできる。そのため社員は、かりにタテ方向の同調圧力を加えられても、それに抵抗できるわけである。

もう一つは、ITの情報伝達力である。#Me TooやBLM(ブラック・ライヴズ・マター)の運動が象徴するように、タテ方向の不当な圧力に対する告発は一気に世界中へ広がる。

国内でも政府、自治体、企業などあらゆる組織が人びとに不当な圧力をかければ、それがネットをとおして拡散され、血祭りに上げられる。これまでのようにトップダウンで火消しをしようとすると、かえって火に油を注ぐことになる。

組織の中でもITの情報伝達力は力関係の構図を変える。かつては管理職が重要な情報を独占しており、組織内でそれを分配したり調整したりする役割を果たしていた。いわば情報のゲートキーパー(門番)だったわけである。そのため部下は、上司に頼らなければ仕事ができなかった。

ところがインターネットの普及により、だれでも組織の壁を越えてコミュニケーションがとれるようになった。その結果、組織の階層があまり意味をなさなくなり、組織の外部とも容易にネットワークを築くことが可能になった。

このようにIT化によって組織内の階層的なパワーの後ろ盾が失われ、それがタテ方向の同調圧力を弱くしたということができよう。

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