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「『竜とそばかすの姫』は駄作ではない」と断言できる、巧みな“仕掛け”

2021年08月18日 公開

伊藤弘了(映画研究者)

伊藤弘了、細田守監督 『竜とそばかすの姫』
「『竜とそばかすの姫』予告」(YouTube、『スタジオ地図 /STUDIO CHIZU』、https://www.youtube.com/watch?v=IYo8jI9Nirg[最終閲覧日:2021年7月20日]

細田守監督の最新作として話題を呼ぶ映画『竜とそばかすの姫』。本作の評価をめぐっては賛否両論が巻き起こっている。著書『仕事と人生に効く教養としての映画』が話題の映画研究者・伊藤弘了氏は、本作は決して駄作ではなく、見る価値のある傑作だと評する。

本作のストーリーの粗さを指摘しながらも、巧みな視覚的モチーフを評価する。今夏イチの話題作に散りばめられている"仕掛け"とは。

※本稿は『Voice』2021年9⽉号より抜粋・編集したものです。

 

細田守監督の"賛否両論の話題作"

U will be you.
You will be U.
U will be everything.(*1)

細田守の新作アニメーション映画『竜とそばかすの姫』は、この夏いちばんの話題作と言っていいでしょう。興行収入は47億円(8月16日現在)に達しており、細田作品のなかで最大のヒットを記録した『バケモノの子』(2015年)の58.5億円を上回るかどうかが注目されています。

話題作の常として、各種の批評や口コミサイトでは作品をめぐる賛否両論が渦巻いていますが、映画のなかで重要な位置を占める歌や、インターネット上の仮想世界「U」を描く壮大なスケールの映像は、否定派も含めて総じて高く評価している印象です。

一方で、本作の脚本、ストーリー展開には批判的な言及が目立ちます。「登場人物の行動が理解できない」「展開がご都合主義すぎる」といったもので、じつは私自身も同じような感想をもっています。

言うまでもなく、脚本の質は映画の出来を大きく左右します。どんなに美しい映像で描かれていても、ストーリーが破綻していたら観客はついてきてくれません。

本作を否定的に評するコメントのなかには「映画ではなくミュージック・ビデオみたいだ」というものが散見されます。本作に限らず物語的説得力を欠いた美しい映像の断片は、しばしば否定的な含意を込めて「ミュージック・ビデオ的」と言われてしまいます。

それでは、ストーリーに粗が目立つ本作は見る価値のない駄作なのでしょうか。私はそうは思いません。細田守は間違いなく現代を代表するアニメーション作家であり、その新作を同時代に見られるというのはきわめて贅沢な体験です。また、作品を見て、何が問題であるかを自分なりに考えることができれば、十分に有意義な経験になるはずです。

物語的に完成された美しい映画に没頭してひたすら感動するのも映画を見る醍醐味ではあるでしょう。ですが、さらに一歩進んで自分が何に感動したのか、あるいはなぜ感情移入できなかったのかを考えることも重要です。それは自分を見つめ直し、ひいては自分の感性を鍛えることにつながるからです。

 

ミュージック・ビデオ的な映画

あたかも「『竜とそばかすの姫』は失敗作だが、それでも見る価値がある」と言っているように感じられたかもしれませんが、そういうわけでもありません。

たしかに私は、この映画のストーリーに説得力を感じませんでした。先ほど述べたとおり、映画にとって脚本はきわめて重要です。とはいえ、それがすべてというわけではないのです。

映画に対する「ミュージック・ビデオ的」という評価は否定的な文脈で用いられることが多いですが、当然ながらミュージック・ビデオがダメであることを意味しません。

また、ミュージック・ビデオ的な映画がすべてダメなわけでも当然ありません。その人が映画に求めている要素ではないというだけで、映画館のスクリーンで壮麗な映像と高音質の音楽を堪能したいという観客にとって、作品が「ミュージック・ビデオ的」であることは、むしろ積極的に評価できるポイントになるでしょう。

しかし、これもまた私が評価したいと考えているポイントとはズレています。私は、映画の強みは映像と音響によってある事態を表現できる点にあると考えています。『竜とそばかすの姫』の映像はたんに壮麗でピクチャレスクであるだけではなく(つまりミュージック・ビデオ的であるだけでなく)、そこには映画的な視覚的モチーフの連鎖がたしかに息づいているのです。

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「U」をめぐる視覚的モチーフ >

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