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しつけはいつから必要? 研究で明らかになった「乳幼児の脳」との関係

2022年05月17日 公開
2024年01月16日 更新

養老孟司(東京大学名誉教授)、小泉英明(日立製作所名誉フェロー)

 

新生児の「睡眠学習」の効果が実証された

――乳幼児期を過ぎたら、褒めて育てるのはそれほど有効ではなくなるのですか?

【小泉】正しく褒めて育てることは一生にわたって大切だと思います。脳の報酬系は、動物が生存確率を高めるための根底にある脳機能だからです。褒めるというのもいろいろとあって、駄目出しが基本の職人芸などでは、親方が何も言わなかったら弟子が褒められたと感動する場合もあると思います。能や歌舞伎も同じですね。

能の宗家の子どもさんに、「幼いときに父親の足の上に自分の足を重ねて歩いてもらった遊びが楽しかった」という方々がよくおられます。世阿弥が言うように、楽しいことが教育の最初の一歩です。無意識の中に足さばきへの楽しさ・愛着が芽生えるのです。脳で言えば報酬系の働きですが、ここに詳しく入り込むと、それだけで一冊の本になってしまうので、それは別の機会に致しましょう。

最初の時期を過ぎると、宗家でも子どもは手をついて「お願いします!」と言ってからお稽古が始まります。つまりしつけが必要な時期に入るのです。逆に言うと、乳幼児期にはしつけは必要ないというのが、育児の神様と言われた内藤寿七郎先生(愛育病院の院長で、かつて時実利彦(ときざねとしひこ)東大教授らを院長室に招いて「脳と保育」の研究会を続けた)から直接学んだことです。人間以外の霊長類は大体赤ちゃんが生まれて1、2年の間、母子は片時も離れようとしませんよね。べったりくっついてます。

たとえばチンパンジーは、移動するときも子どもは母親の毛を握って離さないし、急ぐときは子どもが全速力で走る母親の背中にしがみつきます。人間はそこまでではありませんが、そんなべったりの状態のときにしつけなんて言い出したら、独り立ちを助けるどころか遅らせるという妙な話になってしまいます。

また、赤ちゃんの脳はとてもナイーブです。置かれた環境のなかで、いろんなことを学ぶのに忙しい。寝ているときですら学んでいます。そのような睡眠学習の効果がきちんと証明されているのは、いまのところ新生児の段階だけ。うつらうつらとレム睡眠に近い状態のときも、どんどん学習していることがわかっています。

また赤ちゃんは生まれてしばらくの間は、夜昼の区別がついていません。「朝、日が昇って明るくなり、夕方、日が沈み、夜は真っ暗になる」という生活環境のなかで、だんだんと日周リズムを獲得していくのです(自閉症スペクトラムの場合、それがうまくいかないことがあります)。この大事な過程も、遺伝子の働きとともに、「学習」によることが見えてきました。

発達に応じて睡眠のリズムを正しくつくっていくのは、乳幼児教育の大原則の一つと言っていいでしょう。文部科学省が家庭のことにまで入り込んだと揶揄(やゆ)する人もいますが、「早寝、早起き、朝ごはん」というスローガンは大切なことなのです。日周リズムを獲得できないと、脳の学習機能に根源的な支障が生じてきますから。

【養老】小泉先生のお話を聞いていると、世の中のみなさんはどうしてそういうことにもっと関心を持たないのか、不思議になりますね。私のところにも、講演で子育てのことを話してほしいという依頼とか、子育ての相談が寄せられることが意外と多いんですよ。保育園や幼稚園もきちんと筋の通った理論をもとに、しっかり考えないといけませんね。

 

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