愛する家族と別居してでも...弁護士芸人・こたけ正義感が「お笑いを続ける理由」
2023年10月05日 公開 2023年10月05日 更新
昨年の「ワタナベお笑いNo.1決定戦2022」で準優勝に輝き、今年は「R-1グランプリ2023」でも決勝に進出した「こたけ正義感」氏。
現役の弁護士でありながら30歳を過ぎて芸能界に飛び込んだ異色の芸人の、想像を超えた"お笑い愛"に迫る。
取材・構成:前田はるみ
※本稿は、『THE21』2023年7月号に掲載のインタビュー記事を再編集したものです
芸人人生の崖っぷちで経験した起死回生の「成功体験」
――弁護士でありながら、お笑い養成所を経て芸人としても活躍中のこたけさん。昨年の「ワタナベお笑いNo.1決定戦2022」では、同事務所所属の290組もの芸人が出場する中、見事準優勝に輝きました。
【こたけ】まさにそれが、芸人になって一番嬉しかった出来事です。内輪のものとはいえ、事務所の若手からベテランまで、多くの芸人が出場する大きな賞レース。僕は芸歴5年目で初めての出場でした。
準優勝という結果ももちろんですが、審査員の加地さん(加地倫三/テレビ朝日『アメトーーク!』プロデューサー)に「あなた、これから売れると思う」と褒められたり、そういう名の知れた方に公の場で認めていただけたことが何より嬉しくて......感極まるあまり、その場で号泣してしまいました。まるで僕が優勝したみたいな映像になって怒られちゃいましたけど(笑)。
――そんなに感激してもらえるとは、審査員の方も思っていなかったかもしれませんね(笑)。こたけさんにとっては「内輪の賞レース」以上の意味合いがあったんでしょうか。
【こたけ】それまではホントに結果が出なかったんです。最初の頃は「現役弁護士芸人なんて他にいないし、テレビもすぐ出られるよ」なんて言われたのに、結局全然オファーがない。
ライブでのウケもたいていイマイチ。しかも、ずっと応援してくれていた妻も、大会の3カ月前に米Googleへの就職が決まり、子どもを連れて渡米してしまいました。
それで、「このまま結果が出なければ、家族と別居してまで芸人を兼業するのは難しいよね」と話し合っていた矢先だったんです。
――つまり「ラストチャンス」だったわけですね。それは喜びもひとしおだったかと。以降はテレビでも拝見するようになりました。
【こたけ】ありがたいことに「ゴッドタン」など、子どもの頃から好きで観ていた番組にも出られるようになりました。今もその嬉しさを噛み締めている感じです。
お笑いは憧れの対象で「目指す世界」ではなかった
――お笑いには、いつ頃から興味を持っていたんですか?
【こたけ】地元が関西(京都)なので、小学生の頃からお笑い番組を観て育ちました。特に中学からはお笑いにどっぷりの状態でしたね(笑)。
――その頃、特に好きだった芸人さんはどなたでしょうか?
【こたけ】麒麟さんやチュートリアルさん、FUJIWARAさんとか......とにかくその世代の方々です。
――当時からネタもご自身で?
【こたけ】そうですね。最初に作ったのは小3のとき。友達と3人でトリオ漫才をしていました。
高校生になると、コンビを組んで文化祭でネタを披露したり、放課後に生徒を集めて「ライブ」をしてみたり。そういうことを受け入れてくれる高校だったのも大きかったと思います。当時はもちろん法律なんかネタにしてなくて、普通の漫才とかコントとか、色々やっていました。
――ネタまで作るのは、相当やり込んでいますよね。高校卒業後に芸人になる、ということは考えなかったんですか?
【こたけ】お笑いは好きでしたし、憧れでしたが、憧れすぎて、自分なんかが目指せる世界だとは思っていなかったんです。いくら友達にウケていても、それは「身内だから」という自覚もあって。
見ず知らずの観客をドッと笑わせるプロの方と同じ土俵に立つなんて、リアリティがなさすぎて考えもしませんでした。
――憧れるあまり......ということですね。大学は法学部とのことですが、大学受験の頃から「弁護士」を意識していたのでしょうか。
【こたけ】そうですね。芸人の話ばかりしましたが、弁護士も子どもの頃から漠然と考えていた進路ではあるんです。
直接のきっかけではないんですけど、小学生の頃に母親から「そんなに屁理屈ばっかり言うなら弁護士が向いてるよ」みたいな叱られ方をしたことがあって。当時から理屈っぽいヤツだったので、屁理屈でお金がもらえる!? って(笑)。
――芸人もですが、弁護士だって「誰でもなれる」職業ではありません。相当勉強されたのでは?
【こたけ】正直、大学受験のときは「法学部ならどこでも弁護士になれる」と思い込んでいたので、入ってからが大変でしたね。同級生で司法試験を目指している人が思っていたより少なくて。最初の挑戦で司法試験に合格できたのは、すごくラッキーだったと思います。
養成所の同期から教わったお笑いの「種明かし」
――東京の弁護士事務所に就職してから、お笑いの世界に入るまで数年タイムラグがありますよね。きっかけは何だったんでしょう?
【こたけ】僕は芸人になる前からお笑いのファンなので、当時もその話ばっかりしていたんです。そうしたら、弁護士になって3年目に、当時の彼女(今の妻)が「そんなに好きなら自分でもやってみれば?」と言ってくれて。
そこで「あ、そういう選択肢もあるんや」って、初めてお笑いを「リアルな選択肢」として意識しました。もうその場で養成所を探して、資料も取り寄せて。
――今の事務所の養成所を選んだ理由はどこに。
【こたけ】ワタナベの養成所は、当時「社会人向けのコース」を持つ唯一の養成所だったんです。さすがに弁護士を辞めて芸人に、という気はなかったですし、毎週末1日通えば1年で卒業できる、というのは魅力でした。
その代わり、卒業してからも続けて事務所に残れるのは2割程度。自分の経験がどのくらい通用するか、という腕試しのつもりでした。なんなら「週末のちょっとした習い事」くらいの感覚だったんです。
――養成所に入ってみて、手応えはいかがでしたか。
【こたけ】当時はコンビで漫才をしていたんですが、芸人の前でやるネタ見せではウケるんです。でも、それで「イケるかも!」と思ったら大間違い。一般のお客さんが審査する月1回のバトルライブでは、全然勝ち上がれませんでした。
――いわゆる「同業者ならわかる」状態というか……。
【こたけ】別に芸人からも「絶賛」というわけではなかったですけどね。でもそれで、やはり一般のお客さんから笑いを取るには「技」が必要だと痛感したんです。
同じクラスにいた「Gパンパンダ」をはじめ、当時すでに他事務所や大学のお笑いサークルで活動歴があった人から、ノウハウをどんどん吸収させてもらいました。
――例えばどんなことを?
【こたけ】間の取り方とか声の出し方とか、本当に地味で細かいところです。ご飯に誘っては、気になったことを端から質問していきました。
それまで自分が漠然と笑っていたネタの裏に無数の「技術」が詰まっているのが、毎週ちょっとずつわかるようになっていく。まるで手品の種明かしを見ているようで、すごく面白かったですね。
――お笑いの技術を吸収して、お客さんの反応は変わりましたか。
【こたけ】少しずつですが、確実に笑いが取れるようになりました。養成所を卒業する直前、年が明けてからようやくそのバトルライブで「事務所に入れる基準」をクリア。何とかプロになることができました。
弁護士をしているからわかる「芸人」のスゴさ
――現在は「ヘンな法律」をネタにしたフリップ芸が人気ですが、ネタに対するこだわりはありますか?
【こたけ】特にないんですが....こだわりを持たないようにしていることが、こだわりかもしれません。
――どういうことですか?
【こたけ】芸人によっては「身体を張ったボケはウケてもダサい」とか、「発想の面白さで勝負したい」と思う人もいます。でも、僕はウケるなら大声も出すし、叫びながら転がったって構わない。ウケるなら何でもOK、と思って取り組んでいます。
――現役弁護士芸人という肩書きからは「センス勝負」のイメージを抱かれそうですが、そうではないと。
【こたけ】実際、最初の頃はそうでした。言葉選びや大喜利で笑いを取ろうと.....でも、僕はそれで笑いが取れる人間じゃなかった(笑)。で、あー、自分はそっちじゃないんだ、と諦めたんです。今は「これがカッコいい」「これはダサい」とか、全然考えなくなっています。
――その姿勢、逆にカッコいいと思います! 他の芸人さんについての話が出ましたが、弁護士としても働く中で、芸人と「普通の人」の違いを感じることはありますか?
【こたけ】芸人って特殊な人たちですよね(笑)。最初は僕も「会ったことない人種やなー」と思いました。
というのも、芸人ってマジでお笑いのことしか考えてないんです。常に面白いことを言いたすぎて、普通じゃない。
例えば会社の飲み会で参加者全員がボケ倒すなんて、普通ないじゃないですか。でも芸人だとそれが当たり前。で、そのうちだんだん「これが普通」という認識になって、ますます特殊になっていく(笑)。
僕も弁護士として依頼人の方と話しているときとか、ときどき「あ、普通の人は歩きながら道端の看板にツッコんだりしないのか」と我に返ったりするんです。
――皆さん、さすがすぎます! 弁護士業は今後も続けるんですか?
【こたけ】今はまだ弁護士としての収入のほうが大きいので。ただ、今後お笑いで十分稼げるようになればこだわりません。今は芸人として、もっと成長していきたいです。
――最近はYouTubeでのゲーム「逆転裁判」シリーズの実況動画が人気ですよね。今後の目標や抱負を教えてください。
【こたけ】まずはやっぱり賞レースですね。「Rー1グランプリ」のような大きい大会で結果を出したいです。
それから、ありきたりですがもっともっとテレビに出たい(笑)。最近はYouTubeなどでも注目していただいていますが、やはりテレビに憧れてこの世界に入りましたし、子どもの頃に憧れていた方々と仕事ができるのはすごく楽しいこと。
その方々の「面白いコンテンツ作り」の仲間に入れてもらえているな、と感じるときには、芸人としてだけでなく一人のファンとしても、このうえないほどのやりがいを覚えます。
【こたけ正義感】
1986年、京都府出身。香川大学から立命館大学法科大学院を経て、2012年に東京弁護士会登録。16年にワタナベコメディスクールに入学し、芸能界に飛び込む。今なお弁護士として働くかたわら、昨年の「ワタナベお笑い№1決定戦2022」では準優勝、今年の「R-1グランプリ2023」では決勝に進出。着々と実績を積んでいる。最近では、ゲーム「逆転裁判」シリーズの実況動画でも人気を集めた。