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生き方

老いた親との関係が一番難しい...「介護をめぐる諍い」を防ぐための心得

岸見一郎(哲学者)

2024年01月17日 公開 2024年02月16日 更新

 

ありのままの親を受け入れる

他者の評価・承認を求めず、自分と親との課題をきちんと分けて考え、親は自分の理想や要求を満たすために生きているわけではないと知る──。この3つの要件を満たした"大人"になることは、ありのままの親を受け入れることができるようになる、ということでもあります。

誰でも、相手が自分に理想の姿を求め、そこからの引き算でしか現実の自分を見てくれないのは嬉しくないものです。子どもが自分をどのように見ているか、受け入れているかは親に伝わります。

ありのままの親を受け入れることが、親を尊敬するということです。尊敬していれば、何かを無理強いしたり、ぞんざいな言葉を投げたりはしないはずです。

何かができなくなった親を「かわいそう」だと思うのも、逆に、何かができた親をほめるのも、ありのままの親を尊敬していないということです。

ほめるという行為は、"上から目線"で自分の理想を親に押し付ける言動であり、「かわいそう」だと思うのも、実は上から目線の感傷だということに気づく必要があります。

様々なことができなくなる親の姿を見るのは辛いことです。我が身の行く末を見ているようで、思わず目を逸らしたくなることもあるかもしれません。

しかし、失われたものや「できなくなった」ことではなく、今「できる」ことに注目し、できるのに「やろうとしない」としたら、それは親の意志、選択だと受け止めたいのです。

目の前の親を、こうあってほしいという「理想の親」や、元気だった「かつての親」と比べない──それだけでも、接し方は大きく変わるはずです。

 

一緒にいられるだけでありがたい

今の親子関係に欠けているのは、「ありがとう」という言葉だと思います。親から「ありがとう」といわれることはないかもしれません。しかし、自分も親に、「ありがとう」と伝えていないのではないでしょうか。

ちょっとしたことであっても「ありがとう」といわれれば、親は自分が家族の役に立っていると感じ、自分に価値があると思えます。親と一緒にいられるというだけで、十分にありがたいことです。今、こうして一緒にいられることに対して、「ありがとう」と思えれば、大抵のことは乗り越えられます。

ありがたいとは、「有ることが難しい」ことをいいます。つまり、滅多にない、稀なることだ、ということです。介護の日々は、おそらく覚悟していた以上に厳しいものでしょう。

しかし、感謝の言葉を声に出して不断に伝え、いつかはくる別れのその時まで、毎日を大切に、仲良く生きていこうと決心すれば、心に波を立てることなく、よい関係を紡いでいくことができます。

人間は、ともすると物事の"闇"のほうにばかり目を向けがちです。親を介護するために自分は仕事や自分の時間を犠牲にしているとか、どんなに頑張っても親はどんどん衰えていく──と、ネガティブな側面に心を奪われてしまうと、眼前にある物事のよい面に気づけなくなります。

私も、脳梗塞で倒れた母を看病するために大学院を3カ月間離れ、後にはアルツハイマー型認知症を患った父の介護で、思うように仕事ができない時期がありました。そのことに焦り、戸惑い、鬱々とした気持ちになったこともあります。

しかし、もしも私が大学院生ではなく、就職して会社勤めをしていたとしたら、当時25歳の私は入社したての新人ですから、3カ月も仕事を休んで母の最期に寄り添うことはできなかったでしょう。

父が介護を要するようになった時も、たまたま私自身が病後の療養のために自宅で仕事をしていた時期と重なっていました。だからこそ、毎日父の家に通い、長い時間、傍にいることができたのです。巡り合わせで人生のこの時期に親の看病、介護ができるのは幸せなことだと思いました。

このようにポジティブな側面に光を当て、これが私の人生なのだと覚悟が据わってからは、ずいぶんと気が楽になりました。

 

著者紹介

岸見一郎(きしみ・いちろう)

哲学者

1956年、京都府生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。専門の哲学(西洋古典哲学、とくにプラトン哲学)と並行して、89年からアドラー心理学を研究。精力的にアドラー心理学やギリシア哲学の翻訳・執筆・講演活動を行なう。著書に『アドラー心理学入門』(ベスト新書)やベストセラーとなった『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)など多数。

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