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生き方

高学歴でパワハラ気質な人が秘めた「親子関係のトラウマ」

名越康文(精神科医)、武田友紀(HSP専門カウンセラー)

2023年11月02日 公開 2024年12月16日 更新

『「繊細さん」の本』などで繊細さんの第一人者となったHSP専門カウンセラー・武田友紀氏と、テレビなどのマスメディアでおなじみの精神科医・名越康文氏がHSPについて、またその性質と混同されやすいトラウマ症状について語り合いました。

※本稿は、名越康文・武田友紀著『これって本当に「繊細さん」? と思ったら読む本』(日東書院)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

『鬼滅の刃』から考えるトラウマ・解離

【名越】僕が書いた『「鬼滅の刃」が教えてくれた 傷ついたまま生きるためのヒント』(宝島社)という本でも、主題としてトラウマとともに生きていくということを書いています。トラウマと繊細さんの関連性はとても興味深いです。

【武田】今回、繊細さんとトラウマについて話したいと思ったきっかけのひとつが、先生のその本なんです。

人生を振り返ってみると、「トラウマとともに生きてきた」という感覚があります。私は今までトラウマは治すものだと思って、いろいろな療法を受けてきました。でも、名越先生の本には、「トラウマを踏み越えて生きていけ」と書かれていた。そこでどっと涙が出たんです。

【名越】簡単に説明しますと、『鬼滅の刃』に出てくる竈門炭治郎たち鬼殺隊、そして敵である鬼たちはそれぞれつらい過去をもち、根源的なさみしさを抱えています。

自分にとって大切なものを失ったり、傷つけたりしてしまったときに感じる不安やネガティブな感情を抑圧するために行う自己防衛を心理学的に「防衛機制(ぼうえいきせい)」と言いますが、鬼たちの場合は、他人を暴力や恐怖によって支配することで埋めようとします。

これをあえて、精神医学で解釈するなら「躁的防衛」という言葉があてはまるように思います。

鬼殺隊の場合は、自分の心と切り離された感情表現や行動を取るため、「解離」としてとらえています。僕は、その本のなかで過去のトラウマや心の傷というのは、本当に乗り越えなければいけないものなのか、今一度問いかえしてみるべきと思い、そのように書きました。

現実的には、私たちが心に負っている傷は必ずしも癒やされることはなく、何らかの防衛機制を使って、その傷を踏み越えて生きているのが現実ではないかと思います。

【武田】先生の本を読んだ時期に、プライベートで「ここぞというときには、どんなに怖くても踏み越えなければいけないんだ」と感じた体験がありました。

私自身のトラウマに向き合うなかで、最後はそれでもなんとかしなければならないときがあると気づいたんです。悠長に治している場合ではなく、「うおおおお」と乗り越えねばならない場面が、本当にあるんだなと。

【名越】火事場のクソ力みたいなときもありますもんね。『鬼滅の刃』の時代設定は大正時代の日本ですから、フロイトもアドラーもいないし、トラウマなんて言葉も出てこない。だから、登場人物たちは、みんなトラウマを解消するのではなく、抱えながら踏み越えるんですよね。

これは現代にも通じるかもしれません。先生と出会われたクライアントは幸せですが、今の日本で心療内科や精神科に行く必要があっても、実際に自分の意思で行く人は少ないです。行ったとしてもカウンセラーと相性が合うかどうかという問題もあります。

トラウマというのは薬物療法で治るものではないと僕は思っているので、心療内科や精神科に行けても、ある程度トラウマ療法に対してのキャリアがある良いカウンセラーに出会える可能性は、僕の感覚では1%くらいの確率だと思っています。

もちろん、キャリアのある先生方に比べたら僕はトラウマに詳しくはありません。でも、一応思春期を専門分野にしてやってきた者としては、これはトラウマだなと言える経験をもっている人がクラスに一人なんて、そんな少ない数ではない気がしています。

トラウマをもつ人は多く、良いカウンセラーに出会える機会に恵まれる人は圧倒的に少ない。誰にも相談できずにトラウマを抱えながら、あるいはうまく乗りこなしながら生きている人のほうが圧倒的に多いと思います。

 

ベンチャー企業にあるトラウマ治療の部署

一方で、もちろんトラウマの治療は研究が進んでいます。大阪大学工学部の森勇介先生が作られた創晶という学内ベンチャー企業があるのですが、僕はそこの理事をしています。

工学部のベンチャーなので顕微鏡のレンズでも作るのかなと思うじゃないですか? でも、ちがうんです。トラウマ治療の部署があり、そこには根岸和政先生という何百人と診ている専門家がいらっしゃいます。

なぜベンチャー企業でトラウマ治療をしているかというと、最先端の科学の研究をしたり教育を受けたりしている人のなかにトラウマを抱えている人がとても多いからなんです。

僕の多少の先入観も込みで、もしその背景を説明するならば、そういう人は親も高学歴で教育熱心。その親の価値観に従っていればいるほど、有形無形に価値が高いと見なされる家庭に育った子が多い。

家族の閉ざされた価値観のなかで、子どもによっては意識的にも無意識的にもとても無理を強いられるということが起きる。すごくストレスフルな思春期を送って、その結果一流大学に入ったり、就業的なチャンスに恵まれたりしたけれど、一方ではひどくさみしい思いをしていたりして、抑圧も強い。

そういう人が社会人になり気持ちが折れてしまったり、あるいは自分に従わない部下を見ると猛烈にストレスを抱えたり、ある種のパワハラという関係性におちいったりするというようなこともあり得るんです。

実際、その会社では延べ何百人も受診されています。引っ張りだこなわけですが、それほどトラウマ治療が注目されていますね。

【武田】トラウマによって怒りがコントロールできなくなることもありますよね。頭ではわかっていても部下に暴言を吐いてしまったり、子育て中の親がお子さんに対して尋常ではなくキレてしまったり。

感情をコントロールできなくなることがトラウマ症状だと気づかないまま、「自分の性格の問題だ」と人知れず悩んでいる方もいらっしゃいます。

トラウマ療法には様々な手法がありますが、この10年くらいで海外の方法論が日本に入ってきて、翻訳書もこの2~3年で次々に出ています。私も様々な流派のトレーニングや研修に参加していますが、オンライン開催が増えたこともあって参加者も多く、一度に150人ほどの心理職が参加しているものもあります。

今後さらに注目されていくのでしょうね。悩みの背景にトラウマがあることがわかってきていますから、これからはトラウマを扱えないとカウンセラーとして話にならない時代だと思います。

 

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