大企業によくある「目先の収益の最大化」に隠れた落とし穴
2024年03月05日 公開
ビジネス書を中心に1冊10分で読める本の要約をお届けしているサービス「flier(フライヤー)」(https://www.flierinc.com/)。
こちらで紹介している本の中から、特にワンランク上のビジネスパーソンを目指す方に読んでほしい一冊を、CEOの大賀康史がチョイスします。
今回、紹介するのは『両利きの経営 増補改訂版 「二兎を追う」戦略が未来を切り拓く』(チャールズ・A・オライリー、マイケル・L・タッシュマン著、入山章栄 監訳・解説、冨山和彦 解説、渡部典子 訳、東洋経済新報社)。この本がビジネスパーソンにとってどう重要なのか。何を学ぶべきなのか。詳細に解説する。
両利きの経営とは何か
私が『両利きの経営』という言葉に出会ったのは、10年ほど前に監訳者の入山さんのセミナーを聞いたときでした。一回その話を聞くと主要なコンセプトが忘れられなくなるほどに、クリアで納得感の高い理論だったことが印象に残っています。
本書は前作を増補した最新版になります。入山さんの解説から始まりますので、そこから一部引用しながら、本書の紹介を始めます。
両利きの経営とは、自身・自社の既存の認知の範囲を超えて、遠くに認知を広げていこうという「探索」と、成功しそうなものを深掘りして磨き込む「深化」という一見相反しそうな取り組みを、まるで左右両利きであるかのようにバランスよく追及することを指します。
ぱっと聞いただけで、組織能力も時間軸も異なるものを同時に追求することの難しさが想像できそうです。そしてこれを怠ると、多くの大企業がおちいるサクセストラップが待ち受けています。
その罠とは目先の収益の最大化を希求するあまり、深化の方に取り組みが偏り、結果としてイノベーションがおこせなくなるというものです。
いかにも多くの日本企業の悩みに当てはまりそうです。そして、それを同時に追求するためには「環境変化が激しい中でも、企業が恒常的に変化して、対応し続ける能力」であるダイナミック・ケイパビリティが必要だとも言われています。
以降で実際に両利きの経営を実現するために必要なことを、本書の中から紹介していきます。
組織文化の果たす役割
組織文化という言葉には様々な解釈があります。本書では、組織のメンバーが共有している考え方や行動に関する期待、という表現で紹介されています。
会社のシンボルや服装などの目に見えるものから、規範や価値観のような意識レベルのもの、そして無意識的な前提認識や信念のようなものまで、様々なレイヤーで組織文化は構成されるといいます。
例えば、インテルやマッキンゼーのように建設的な対立を重んじることも文化の一例と言えます。組織文化は人がおりなす小さなサインや言葉にまで表れることから、リーダーが腰を据えて取り組まなければならない課題だとも考えられます。
優れた組織文化の構築のためには、整合性のとれた人事制度や適切な報酬制度が重要であることには納得感があるかと思います。
加えて、著者がそれらよりも前に挙げているのは、リーダーの言動です。リーダーが何を好み何を好まないか、何に高い優先順位を置くか、どこに時間をかけ、どんな質問をするかなどの多様なことが見られます。
そして、リーダーのシグナルが明確で一貫していれば、社員はとるべき行動が早く学べるともいいます。このシグナルの一貫性によって、あるべき組織文化の浸透を促進できると考えられます。
イノベーションの3つの規律
実際にイノベーションにより大きな事業を創出するためには3つの規律が求められると書かれています。
まず、新規事業の種を生み出す「アイディエーション」です。社内外のアイデアを交差させるオープンイノベーションや、顧客の深い理解から課題の解消に向けたプロトタイピングを重視するデザイン思考はその代表的な方法論となります。
そして、アイデアを市場で検証する「インキュベーション」を行います。その中では早期にMVPと呼ばれる仮説検証が行える実用最小限の製品を出し、クイックにPDCAをまわすことにより磨きをかけていく、リーン・スタートアップという方法論が有効と言われています。
さらに事業の成長を実現させる「スケーリング」に移ります。スケーリングのフェーズで重要なのは、「学習する前に投資するな」という点です。
実際に新規事業を始めると、早い段階でアクセルを踏みたくなるものですが、学習を終えた上で本格的な投資段階に至ることが望ましいでしょう。その際には既存事業との調整を行った上で、リソース配分を適切に行っていくことが求められます。
両利きの成功事例の共通項
ここまでのプロセスを見ても、難しそうな落とし穴がたくさんあることが想像されるかもしれません。本書では両利きの経営に成功した企業には共通的な特徴があると紹介されています。
・戦略的意図
探索と進化の両立という難易度の高いチャレンジを長期間かけて完遂するためには、上級マネジャーが十分に説得力のある根拠を明示する必要があります。
・経営陣の関与と支援
既存事業への脅威となるカニバリゼーションや、貴重な資源の浪費という批判を受けやすいイノベーションの種を育てていくには、全社的で長期的な視点がある経営陣の関与が必須となります。
・両利きのアーキテクチャー
イノベーションを実現する探索のための組織能力と、既存事業を改善する組織能力は一般的には異なっています。そのため、探索を行う組織はユニット上分離させることが成功の鍵となります。
また、独立性を持つだけでなく、大組織の資産や能力へのアクセスも重要です。この相反するように見える独立性と関連性を同時に満たすことが求められるのです。
・共通のアイデンティティ
探索ユニットと深化ユニットは必要な組織能力が違っているとはいえ、成功のためには互いの協力が必要です。そのためには、上位概念である共通のビジョンやアイデンティティが必要となります。
長期的思考とネガティブケイパビリティ
両利きの経営が必要であることは誰もが納得できる中で、なぜこれほどまでに実行が難しいのでしょうか。ここからは私の意見ですが、難しさのありかはおそらく見る範囲と時間軸の長さにあるように感じています。
経営の世界に限らず投資や自己研鑽においても、ほとんどの人は自分の理解できている範囲のことや、短期的なことがらを重視しがちで、今わからないことを扱うことや長期的な思考が得意な人はまれなのではないでしょうか。
これは全てのマネジメントが乗り越えられるものとは限らず、経営者や部門長の資質にもよるものです。
この難しい取り組みを成功裏に導くためには、不確実なことに挑戦する意思を長期的に持ちながら、周囲からの批判に耐え抜き、市場からのフィードバックを適切に事業に反映することを繰り返さなければなりません。
一人の部門長だけの力だけでは容易に失敗してしまうため、トップの強いコミットメントと新規事業リーダーに対する支援が同時に求められるのです。
このような難題を乗り越えるために先人の知恵を活用しない手はありません。今利益を出しているかによらず、将来にわたる長期的な繁栄を志向している経営者の誰もが理解すべきことが本書に込められています。そのような意欲ある経営者や経営の一翼を担う人は、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。