夏になるとおいしくなるものといえば、桃。作家の岸田奈美さんは、ふるさと納税でおいしい桃を大量に注文します。届いたみずみずしい桃を、近所の方々にお裾分けしようとしますが、なんとSNSでは、盗んだ桃を無許可販売する「桃泥棒」のニュースでもちきりです。配ったら通報!? そこで岸田奈美さんがとった行動とは...? 書籍『国道沿いで、だいじょうぶ100回』からご紹介します。
※本稿は、岸田奈美著『国道沿いで、だいじょうぶ100回』(小学館)から一部抜粋・編集したものです。
桃のカチコミ
桃が食べたい。
そうだ、ふるさと納税しよう。
WEBサイトを開き、がめつさを「出してけー、出してけー、ホラそこ1年生も声出してけー」って勢いで出して、返礼品の桃をじっくり見比べた。
桃が5キロもらえる納税先を選んだ。欲張った。支払い完了。あとは桃色の桃生活を待つだけである。
後日、注文確認書が届いた。
「桃80キロ」
二度見した。80......キロ......?
なんとシステムバグで、桃が重複注文されていた。すぐさま管理会社へ問い合わせた。
「うちのバグなのは認めますけどもォ、自治体に注文入れちゃったんでェ、返金は自治体と交渉してくださァい」
「交渉て」
「税金っていうのは、返金不可が基本ですのでェ」
これがまかり通るなら、来日した石油王にレンタカー運転させて、ETC通過する直前に高速料金を1300兆円に値上げして国家負債を一撃でチャラにするみたいな方法も許されてしまうだろ! ばかっ!
交渉と言われ身構えたが、自治体に電話をしてみると、優しいのなんのって。すぐに返金してくれただけでなく、温かい言葉をかけてくださったのが申し訳なくなって、追加で注文した。
ふるさと納税、桃20キロ。いざとなればおすそわけで配ろうとか考えてた。軽い気持ちで考えてた。人は悲しいくらい忘れていく生き物。
桃68玉。玄関がは一瞬で桃源郷に
半年後の夏。わたしったら、桃の到来、完全に忘れてた。自分のエッセイが原作のドラマの放送も無事に終わって、ドカンと夏休みまでとっちゃってた。宅配業者の人から、電話。
「何度か配達にうかがってますが、ご不在で」
「わっ、ごめんなさい。なんだろ」
「桃です」
桃。よみがえる記憶。ほとばしる手汗。
「いつご自宅に......」
いま、どこにいるかってーと。いま、東北。夏休みで東北。超みちのく。
「ええと、その、3日後です」
最初は笑って、しゃーねーしゃーねーって感じで持って帰ってくれたんですが。2日目の夜の電話は声色が違った。なんか「これ以上、かくまえません」みたいな切迫感に変わってた。
あわてて飛行機に乗り、無事に帰宅。
そこには。
りっぱな、りっぱな、桃が。
68玉も。
すごい薫り。玄関が急に桃源郷。死んだかと思った。かくまってもらってた時間が長いから、もう食べ頃。待ってくれない。女ざかり、夏。
とりあえず冷蔵庫だ。入れろ入れろ! ぜんぶ入れた。
ふと気になって調べたら、桃は冷蔵庫で保存したらダメだった。
出せ出せ! ぜんぶ出した。
この時点で、もう汗だく。
桃に......桃に、翻弄されている......。扱いきれてないにも程がある。
実家だ。
実家にわけよう。母は無類の果物好きである。ありとあらゆる果物をノリで剝いてくれる。マンゴスチンとかも、ぜんぜん、初見で剝いてくれる。ふるさと納税の桃を、ふるさとに還元したれ。
電話した。
「あっ、奈美ちゃん。電話かけよ思っててん。桃がいっぱい届いたよーうれしー」
実家の分も注文してたんだった。自分の記憶力が牙をむく。これが三十路か。三十路を過ぎても、桃で大慌て。沖縄風にいうと、むむであわてぃーはーてぃ。
落ち着こう。いったん、桃を切って食べた。おいしかった。絶対に腐らせたくない。ひと玉たりとも。
配ろう。
わたしには読者がいる。しゃあねえなあって笑って助けてくれる、ありがてえ読者がいる。自転車の荷台に積めるだけ積んで、読者に取りに来てもらおう。ゲリラ桃配りだ。
SNSを見ると、大桃泥棒時代到来!?
告知、告知。SNSを開いた。話題になってるニュースが、目に入った。
農園から根こそぎ盗まれたと思わしき桃を、トラックに積んで無許可販売している不届き者が出現、現在逃走中。
目を疑ったよね。よりにもよって、世はまさに、大桃泥棒時代! 出るわ、出るわ。出処のわからん桃を、トラックで販売してる現場のタレコミ写真が。全国各地から。むちゃくちゃ通報されてる。なんなら通報方法までバズってる。いま桃配りなんてしたら、一発通報される。
わたしは泣いた。桃泥棒を絶対に許さない。復唱。桃泥棒を絶対に許さない。
さらに不運は止まらない。
なんと、この日、今夏最高の38・9℃を記録。桃、一瞬で熟した。追熟。すっげえ追い上げ。ちょっと箱に入れて目を離したら、あっちゅー間に、みずみずしくなってんの。やわらかいの。薫りがすごいの。女ざかり、夏。
これはあかん。とりあえず、行きつけの店に配ろう。
出不精すぎて、2年住んでも、右も左も右京区も左京区もわからん京都で、わたしの顔を覚えてくれた貴重な人々、親しみもひとしお。
しかしながら、火曜だった。圧倒的休業。京都では、火曜は火の車になり、水曜は水に流れるから休む店が多いらしい。芽生えた親しみが、散り散りに走り去ってく。
このままでは桃心中してしまう。迷った末、しばらくご無沙汰の知人を頼った。
「いまから、車でわたしと桃を運んでほしい」
「えっ」
「......」
「......」
この間はおそらく"通報"の2文字が浮かんだであろう間だった。わかるもんだね。通報を迷われてるときの間って。
もしも免許が取れたなら。思いのすべてを桃にして。君に届けることだろう。だけどぼくには......免許が......ない......!
桃泥棒ではないことを必死に説明し、闇夜に乗じて、桃を積めるだけ積み、車は出発した。途中「カシャッ」とカメラの音がした。終わった。振り返ると、浴衣を着た外国人が自撮りしてるだけだった。疑心暗鬼がすぎる。桃泥棒を絶対に許さない。車窓を流れる夜景を眺めた。
桃を冷蔵庫に入れるなら、アルミホイルでまくとよい
......近所づきあいって、大切だったんだなあ。
わざわざ夜を徹し、高速道路を爆走しなければ、おすそわけすらできない自分が情けない。これが都会。これが現代人。京都の市外、果ては大阪の端まで、親戚や友人に桃を配ってまわった。たいがい鳩が桃鉄砲くらった顔で迎えられた。
京都でお世話になってるお医者先生にも事情を話すと、「近くにいるから、いただけるならぜひ」奥さまが申し出てくれた。
でっけえポルシェでうちに乗りつけ、桃の受け取りざまに「これに生ハムと桃を挟んでみて」と、クロワッサンをわたしの手に渡し、颯爽とエンジンをふかして「ワインが合うよ」とウインクしながら消えた。桃界の峰不二子まで、でてきちゃった。
まだ、半分残ってる。明日はワイドショーの出演日だ。あのメンバーならもらってくれそうだ。持っていこう。もつだろうか。心配になって調べた。
「桃を冷蔵庫に入れるなら、アルミホイルでまくとよい」
まいた。夜なべして、まいた。銀色の砲弾が大量に積み上がった。
砲弾と化した桃たちを抱えて、テレビ局に持ち込んだ。カチコミしに来たと思われても仕方のない見た目である。すれ違う人たちからは「おにぎりだ」「なんでおにぎり持ってんですか」「裸の大将かな」と、さんざんな言われようだった。おにぎりではない。
かくして、桃を配り終えた。一生分のおすそわけをした気がする。あとはもう、このうまい桃を、心ゆくまで堪能するだけだ。
達成感を胸にテレビ局を出るとき、福島出身のディレクターが「桃は冷凍できますよ」って教えてくれた。
もっと早く知りたかった。
\ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』放送決定/
1作目『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』のドラマの地上波放送が決定しました。ぜひご覧ください!
NHK総合『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(全10回)
[出演]河合優実、坂井真紀、吉田葵、錦戸亮、美保純ほか。
https://www.nhk.jp/p/ts/RMVLGR9QNM/