「負けても負けても諦めない」日本を変える女性レーサーJujuの戦い
2025年01月30日 公開
juju10.com
世界最高峰レース「F1」の登竜門・ユーロフォーミュラオープン。2023年、初の女性優勝者が現れた。その名はJuju。24年は最年少・日本人女性で初めてアジア最高峰シリーズ・スーパーフォーミュラに参戦。その戦いぶりに迫る。
※本稿は、『Voice』2025年1月号より抜粋・編集した内容をお届けします。
唯一の課題は経験不足
――レーススピードはF1に次ぐ最高時速300km。F1ドライバー資格「スーパーライセンス」が最短2年で取得できるスーパーフォーミュラ(全日本スーパーフォーミュラ選手権、2024年2月~12月、全9戦)。夢の実現に向けた今期の戦いぶりについて、お聞かせください。
【Juju】スーパーフォーミュラへの参戦は私自身、一つの大きなチャレンジでした。まず、昨年までずっと欧米でレースを続けてきたので、年間を通じた日本国内でのレース経験がないこと。
――日本では18歳未満のフォーミュラレース参加が認められておらず、海外で活動されていましたからね。
【Juju】また、スーパーフォーミュラはアジア最高峰のレースで、すぐにでもF1で走れるようなプロのトップドライバーが集まり、ハイレベルの戦いを展開しています。まだ経験の浅い自分が参戦することで、難しい一年になるのはシーズン前から予想していました。
何もかも初めての体験で、日本のサーキットも走ったことのないコースばかり。スーパーフォーミュラでは開幕後のテスト走行まで練習走行が認められていないので走り込みができず、唯一の課題である経験不足が解消されない、という辛さはありました。
それでも現状でベストを尽くし、高いレベルの環境に身を置くことで、成長した部分が多いと感じます。一戦一戦で学ぶことの内容が濃く、いままでわからなかったことや感じなかったこと、できていなかったことに気づくようになりました。トップとのタイム差も徐々に縮まり、数字としても表れているのかな、と。
遠慮していたら仕事にならない
――日本最高のドライバーたちと鎬を削るなかで、ゼロコンマ一秒の差を詰めていくのがどれほど大変か。富士スピードウェイでの第7戦では、スタート時に前方の2台を追い抜くシーンや、後方車をブロックする局面も見られました。「覚醒」は近いのではないでしょうか。
【Juju】ありがとうございます。ドライビング以外の面でも、今年は多くを学ぶことができました。レース環境に関していえば、昨年までは父(野田英樹氏)が監督兼エンジニアを務めるファミリーチームのドライバーとして走り、特定のメカニックの方に車を整備してもらいました。
2024年はTGM Grand Prixという大きなチームに加わり、30人以上のチームメイトと話し合いながらマシンをつくり上げ、レースの戦略、プランを考えて共に戦っています。エンジニアの方だけでも3名(星学文チーフエンジニア、上城直也パフォーマンスエンジニア、佐藤奈緒美データエンジニア)いるので、コミュニケーションも増え、複雑なやりとりになっています。
スーパーフォーミュラでキャリアを重ねてきた年上のメンバーに比べて、エンジニアリングの知識不足や、ドライバーとして未熟な点は否めません。かといって遠慮して意見や要望を何もいわなかったら、仕事として成り立たない。反省点は謙虚に受け止め、プロのドライバーとして「この部分をこう変えてほしい」というリクエストを意識して出し続けています。
――ピット(サーキットにあるチームごとのガレージ)内を拝見して印象的だったのがレース直後、野田英樹さんをはじめチームの皆さんと長い時間をかけて検証、振り返りを行なう姿です。レース中にも劣らない真剣な表情に正直、「毎試合ここまでやるのか」と驚きました。
【Juju】もちろんレース内容によって振り返る時間の長さは変わるので、納得できれば当日に30分で終わりますし、納得できなければすぐに連絡を取って翌日ミーティングを行なうこともあります。ドライバーとして「この箇所はもっと集中しなければいけなかった」という反省点や、マシンについて疑問に思ったこと、チーム全体で改善できる点を突き詰めています。
次のレースまでの間隔は短く、時間はつねに足りませんが、できる限りすべてを尽くして次の戦いに挑みたい、という気持ちを皆で共有しています。
幸いTGMにはもう1人、一緒にレースを戦うドライバーの大津弘樹さんがいます。経験豊富なチームメイトのドライビングやマシンのデータを比較、共有して次のプランやマシンのセットアップ(車両の調整)ができるのも私自身、いままでと異なる経験ですね。
敗北が自分を成長させてくれる
――カテゴリーが上がり、ファンの大きな期待を背負うなかで、上位を追うレース展開も多く、重圧や葛藤もあると拝察します。Juju選手がF1へのチャレンジを続けるなかで、大切にしている言葉が「負けても負けても諦めない」。意味するところについて教えてください。
【Juju】幼いころ、父から掛けてもらった言葉です。昔はゴーカートのレースで負けると悔しくて泣きじゃくり、周囲も手がつけられなくなるほど収まらないときがありました。負けず嫌いなのは現在も変わりませんが(笑)。
父が当時、私に向けて話したのは「たとえF1レースで世界チャンピオンを獲得したドライバーでも、選手人生を通してみれば、勝ったレースより負けたレースのほうが多い。だから、負けることが駄目なんじゃない」と。
レースに敗れたとき、負けて諦めたら「ただの負け」になってしまう。でも負けて諦めなかったら、敗北が自分を成長させてくれる。負けることが明日へのチャンスにつながることを教えてくれたんです。
諦めないというのは、もちろんライバルに対する意味もあるけれど、自身に対して諦めないこと。ドライビングだけではなく、生き方に関わるすべてに向けられたものと解釈しています。先ほど話したレースやチームの環境をつくるときや、壁にぶつかったとき、いろんな場面で「負けても諦めない」と思い返し、何とか頑張ってこられました。とりわけ大事にしている言葉ですね。
「モータースポーツって何?」
――Juju選手は2024年8月、FORBES JAPAN 30 UNDER 30 2024「世界を変える30歳未満」30人に選ばれました。過去に大坂なおみ選手、池江璃花子選手などアスリートの受賞も多く、女性の活躍を後押ししています。日本人女性初・18歳のスーパーフォーミュラレーサーとして注目されることには、プラスとマイナスの両面があると思います。どのようにお感じですか。
【Juju】まずプラスの面でいうと、今回のようにメディアで取り上げていただくことです。ヨーロッパから日本へ帰ってきて痛感したのが、モータースポーツの認知度の違い。とくに自分と同世代の女の子と話をすると、「モータースポーツって何?」というところから説明を始めなければいけません。サーキットに足を運んだことのない方が「最年少で唯一の女性ドライバーがいるらしい」と知り、モータースポーツに注目していただくきっかけになるのがいちばん嬉しい。
マイナス面でいうと、そもそもモータースポーツ自体、女性の競技人口が一割にも満たず「女性は通用しない」というステレオタイプな見方をされてしまうこと。「男性のスポーツ」というイメージから、女性ドライバーがトップカテゴリーに加わることに先入観を抱かれがちです。
――海外でもF1は白人男性のスポーツという見方が根強く、日本人であるJuju選手の活躍が、モータースポーツを変える存在になりうるのではないでしょうか。男女を問わず、「本物が最後に残る」(野田樹潤オフィシャルサイトより)世界であってほしい。
【Juju】私にとって「本物」とは、まさに人種や国籍、性別、年齢などの壁をすべて乗り越えた人のことです。ステレオタイプな先入観を、誰かが前例をつくることで払拭しないといけない。目標を成し遂げてロールモデルになることで、はじめて社会の壁が崩れていくと考えています。
もちろん前例をつくるというのは簡単ではなく、私自身、一つひとつ実績を積み上げることで「本物」に近付きたい、と思います。
F1と政治経済
――Juju選手は現在、日本大学スポーツ科学部で学ばれていますね。
【Juju】いまの話と関連して、F1を頂点とするモータースポーツの世界は政治、経済と密接につながっています。伝説的ドライバーのアイルトン・セナ(1994年、レース中に死去)は、「F1は政治と金」と語ったことがあります。それでも彼は数多くのハンディキャップに挑み続け、F1チャンピオンとなって世界中にムーブメントを巻き起こしました。
広く政治や社会について知ることが、モータースポーツの分野で活躍するうえで勉強になるのではないか、と考えたのが入学のきっかけです。
――経済・経営にも関心をおもちだとか。
【Juju】もちろん、いますぐに経済学や経営学が役に立つとは思わないけれど、いずれ選手生活を終えたのち、モータースポーツについて学ぶような学校を設立したい、というビジョンも父と共有しています。先々の人生を考えて損にはならないな、と。
「非日常の世界」の魅力
――最後に、モータースポーツの魅力について読者にお伝えください。
【Juju】時速300㎞近くで車が走るレースというのは、皆さんが普段、経験することのない「非日常の世界」だと思います。
コンマ数秒のまばたきよりも速いスピードで順位を競い、一瞬のうちに勝敗が決まる。日ごろ感じることのできないタイヤの匂いやエンジンの音、振動などの体感も含め、サーキットで日常を離れた空間や時間――私にとっては日常ですが――を味わえる魅力があります。何より、レース場で目にするレーシングスーツを身にまとった選手たちの姿はかっこいい(笑)。ぜひ一度、足を運んでいただければ幸いです。