「単価の低い大阪の仕事は請けたくない」建設業界で広がる地域間格差
2025年03月10日 公開
データを分析すると、建設業界では地域間で単価の格差が広がっているのだという。東京など首都圏と比較して大阪・愛知の単価が低い原因はどこにあるのだろうか? 書籍『建設ビジネス』より解説する。
※本稿は、髙木健次著『建設ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)を一部抜粋・編集したものです。
大阪の仕事は請けたくない
「建設業界の給料が上がらないのは大阪のせい」
「愛知も意外とケチで大したことない」
こう聞くと大阪と愛知の方は怒るかもしれません。私も大阪、愛知に友人が多いので心苦しいですが、残念ながら、データは我々に容赦ない現実を突きつけてきます。厚労省統計(※)で建設業就業者の賞与・残業代込みの年収を都道府県別に比較してみると、大阪府と愛知県の年収水準が経済規模や就業者数と比較してあまり高くないことがわかります。
※2022年 賃金構造基本統計(この統計は社員数9名以下の事業所や個人事業主が統計対象に含まれておらず、実態より年収が高めに出る点に留意が必要)
建設会社の利益率や就業者の給料に影響する一つの指標が「公共工事設計労務単価」(以下、労務単価)です。これは公共工事の労務費の見積基準となる指標で、1日8時間労働した場合の日当がベースになっています。国交省が毎年民間企業に調査し、実勢を反映する形を取っています。労務単価が高い地域ほど、会社は利益を確保しやすく、社員の給料は上げやすくなる、目安となる指標と言えます。
建設業就業者の中でも数の多い電工(電気工事技能者)の労務単価と各都道府県の最低賃金の8時間分を比較します。この「最低賃金と労務単価の比較」指標を見ると宮城、東京などの東日本が高く、愛知、大阪、京都など西日本が低い「東高西低」であることがわかります。
大阪の工事会社が「大阪の仕事は嫌なので、他の地域の仕事を請けたい」と言うことがありますが、この大阪の単価の安さが背景にあります。
時系列で15年前から各地域の電工の労務単価(以下、全て電工をサンプルとした金額)を比較しても、宮城、東京、福岡の伸びが大きく、大阪や愛知の労務単価が停滞していることがわかります。
東京大阪間の労務単価の差は15年で約6倍の5800円に拡大しました。これは1日あたりの差ですので、通年(240日稼働を想定)の金額にすると年間約139万円の差になります。
労務単価の全国平均は上昇を続けていますが、地域間格差は拡大しています。同じ関東エリアでも東京茨城間の労務単価の格差は拡大。そのため「茨城で何年も修行するよりも、東京の仕事をした方が儲かる」のです。
「密集」すると安くなる?
なぜ大阪や愛知の労務単価が低いのか? 私も複数の専門家に聞きましたが「関西には独特の値切り文化、愛知は自動車産業のコスト削減圧力が強いためではないか」など仮説のレベルで、論文などは見つけられませんでした。
私はこの疑問をビッグデータで検証してみました。建設業は行政許可業種なので、行政の保有するデータを位置情報解析すると、市区町村単位の傾向が見えます。
理由は不明ですが、建設会社はなぜか特定の地域に「密集」します。東京だと江戸川区、足立区、神奈川だと川崎市などです。余談ですが、その「密集」地域には多くの場合、競馬・競艇場などの公営ギャンブル場とパチンコ屋があります。
大阪の場合、堺市から岸和田市にかけての府南部エリアが「密集地域」で、単価が特に低い傾向にあります。このエリアは個人事業主が多く、人口に占める建設業関係者も多いです。ライバルが周りに多いため「小さい会社同士で足を引っ張り合い、値段のたたき合い」をしてしまうと考えられます。箕面市、池田市などの府北部では建設会社は少なくなります。
愛知の場合は豊橋市、一宮市などが「密集地域」で、自動車工場などの改修工事の需要が多い豊田市、刈谷市には建設会社が少ないのです。
同じ県内でも「需要と供給」がミスマッチであることがわかります。小さな会社が足を引っ張り合う「密集地域」の「値下げ圧力」が強いと、その地域の単価が上がりにくい構造になるのでは? と私は考えています。
私はこのデータを企業の業績改善に活用しています。きちんと地域別の利益率を計算し、「密集地域」を避けるだけで工事会社の利益率は改善します。私が工事会社に「『地域密着』は呪いの言葉にもなり得る」と言って幅広い地域の案件を受けるように言うのは、このデータがあるためです。
仕事を請ける工事会社だけでなく、発注者である行政や不動産会社もこの「東高西低問題」に向き合わないと、これらの地域で今後工事ができなくなります。建設業法や資格制度は全国一律です。「東京と大阪の職人の技術に差はない」わけですから、大阪の労務費が安いことは理屈に合いません。
【髙木健次(たかぎ・けんじ)】
クラフトバンク総研所長/認定事業再生士(CTP)。1985年生まれ。京都大学在学中に塗装業の家業の倒産を経験。その後、事業再生ファンドのファンドマネージャーとして計12年、建設・製造業、東日本大震災の被害を受けた企業などの再生に従事。その後、内装工事会社に端を発するスタートアップであるクラフトバンク株式会社に入社。2019年、建設会社の経営者向けに経営に役立つデータ、事例などを発信する民間研究所兼オウンドメディア「クラフトバンク総研」を立ち上げ、所長に就任。テレビの報道番組の監修・解説、メディアへの寄稿、業界団体等での講演、建設会社のコンサルティングなどに従事。
【クラフトバンク総研】https://corp.craft-bank.com/cb-souken
【X】https://x.com/TKG_CraftBank