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羽生善治の直感力「直感の醸成は1人ではなし得ない」

羽生善治(将棋棋士)

2018年01月11日 公開 2024年12月16日 更新

数々の偉業を成し遂げた天才棋士、羽生善治氏。その強さのカギは、「直感力」にあるという。羽生氏は、直感の醸成は、自分1人ではなし得ず、相手の力を活かし、自分の力に変えることが、創造性、やる気の継続へとつながると語る。

※本稿は、羽生善治著『直感力』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです。

 

「他力」を活かす

将棋では、対局中、相手の集中力によって自分の集中力が呼び起こされることがある。

脳が共感するとでもいうのだろうか。お互いにピンポンのボールを打ち合っているうちに、リズムが合ってくるようなもの、といったら分かっていただけるだろうか。対局しているうちにだんだんと相手の集中に乗っていく感覚を得ることがある。

心理学ではミラー効果というそうだが、相対した相手と同じ動きをしているうちに、心理的にも同調することができ、安心して相手の話を受け入れやすくなったり、相手に好意をもったりすることになるそうだ。

対局の場合は勝ち負けだから、相手と同調することを目指しているわけではないのだが、盤面を挟んで向かい合い、交互に駒を動かしていくうちに、自然とそういった現象が起きるのかもしれない。そしてそれは、勝負をおざなりにするものではなく、むしろ、その質を高めるものだ。

そうして向かい合う2人でいかに美しい局面を生み出していくか――それが将棋の醍醐味であり、直感を磨くための道筋であると思っている。

将棋はまた、その瞬間の指し手で自分の持っている力を全部出せばいいというものではない。

たとえば重量挙げは、持てる力を全部出さなければならない競技だろう。バーを持ち上げるまさにその一瞬に、あらゆる力を一気に投入する。それまでのトレーニングの積み重ね、筋力と気力をピークに高め、タイミングを合わせる。そこで力を爆発させるのだ。

しかし将棋では、強さの加減をはかることが必要になる。常に1番強い手でいってはいけないということだ。その時々で加減をしながら、結果的に玉(ぎょく)を取る、勝負に勝つことが求められる。テニスにおいても、思いきり打ってはラインから外れてしまう。加減をしてスピードのあるボールを返す感じだ。

その局面において1番強い手が最善の手ではない。それが将棋の性質だ。とはいえ、やはり気持ちとしては1番強い手でいきたい。目の前に見える状況で、考え得る最高の手を指したい。

しかし、その瞬間だけで見れば相手に大きな打撃を与えるかもしれない一手が、その先へといった際、反作用も大きくなってしまう。

それを見越した一手を選ぶには、先を見通す目とともに、そこで気持ちを抑え、自分の手を意識的に弱めることのできる理性が必要なのだ。

それには、単なる「読み」だけでは足りない。自分の読みだけで事足りてしまうと考えれば、すぐにその偏狭さを思い知らされることになる。

将棋は相手と築いていくものだからだ。

「手を渡す」という言い方がある。自分が指した瞬間に相手に手番が渡れば、その瞬間から、自分は何もできなくなるのだ。自分だけではどうにもならない。つい先ほど指した自分の手が最善のものになるか、手痛い失策となるかは、相手の出方次第でまったく変わってしまう。

 

自発的でなくとも頑張れる環境をつくる

同世代に強い棋士がひしめき合う状態は、熾烈なものではあるが、同時に、そこには一種の連帯感みたいなものも生まれてくる。なんとなく心強いのだ。

奨励会に入りたての頃、周りは先輩ばかりの中、顔馴染みの仲間に出会えると心強かった。仲間がこれだけ頑張っているのだから自分ももうちょっと頑張れるはずだ、といった気持ちにもなった。

奨励会に入ったのが12歳。奨励会とは、プロ棋士養成機関のことだ。26歳までにプロ4段にならなければ自動退会させられる厳しい世界だ。

奨励会では、月2回、複数の相手と対戦する。成績を上げれば昇級昇段し、悪ければ降級する。

私の場合、八王子に住んでいて千駄ヶ谷の将棋会館まで行かなければならないから、時間がかかる。だからこそ、その機会を大切にしようという気持ちも、子どもながらにあったと思う。

あいつがいる、ライバルがいると思うこと、そしてそういった相手との対戦のチャンスを大切にすることで、自然と醸成されていくものがあった。

ライバルとは本来負かすためだけの相手ではなく、やはりお互いに敬意をもって戦える、戦いたいと思う相手だろう。ライバルがいることによってお互い切磋琢磨していくことになる。

特にいいのは、そのとき無理に気力をふり絞ることなく、自発的でなくとも自然に自分の気持ちを高め、頑張ることができるようになることだ。

同世代に高い水準で実力伯仲した仲間がいるということは、マラソンでいえば先頭集団をみんなで走っているようなものだ。

誰が先頭で引っ張るかはその時々で微妙に入れ替わりがあるかもしれないが、おおよそのペース配分や流れがつかみやすい。多少苦しくても指標がある。そして、その集団という塊自体が他の走者にとって大きな力として見えることもある。

将棋の世界でいうトップランナーとは、タイトルホルダープラスA級棋士10人プラス若手で活躍している10人くらい、といってもいいかもしれない。

進むスピードは変わらないが、集団の数は増えているような気もするし、ついていく、または追いかけていく大変さもしみじみと感じている。

 

著者紹介

羽生善治(はぶ・よしはる)

将棋棋士

1970年、埼玉県生まれ。二上達也九段門下。85年、中学3年生のときにプロ入り。89年、19歳で初のタイトル竜王を獲得。96年、史上初のタイトル7冠(名人・竜王・棋聖・王位・王座・棋王・王将)を果たす。2017年、永世7冠を達成。18年、国民栄誉賞受賞。著書に、『決断力』『大局観』(以上、角川書店)、『直感力』『捨てる力』(以上、PHP研究所)など。

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