解剖学者・養老孟司とAIの発展がめざましい棋界に身を置く棋士・羽生善治。AI化は、将棋界、ひいては社会にどんな影響を及ぼすのか。
養老孟司と各界のトップランナーとの対談集『AIの壁 人間の知性を問いなおす』(PHP新書)より、内容を抜粋してお届けする。
※養老孟司,他著『AIの壁 人間の知性を問いなおす』(PHP新書)より一部抜粋・編集したものです。
構成・古川雅子 / 撮影・吉田和本
未来の創造性はAIでどう変化するか?
【羽生】将棋の世界で言うと、もちろんAIが創造した「新手」が大量に出回るようになっても、オリジナリティを持って人間自身の独力で創造していこうという人は、これからも出てくると思うんです。
けれど、今後の主流はAIをうまく使いこなして創造力を発揮するような人たちになるのではないでしょうか。むしろ、その可能性の方が高いんじゃないかと僕は予想しています。
自分のアイデアを出した上で、さらにAIで検証を重ね、それを実証していく。そうした、うまくツールを使えるという能力が、人の創造力の発揮の仕方として評価される時代になるでしょう。
ただ、ネガティブな側面もあります。チェスの世界で実際に起こっていることなんですが、続々と人間オリジナルによる新手が出るんですよ。チェス界はAI化の波を受けて久しいですけれど、今でも人による新手が出てくる。
それなのに、周りの評価は、「でも、その新手はどうせソフトを使って見つけたんでしょ」となってしまう。昔だったら、自分が何十年もかけて、0から1に持っていくところから見つけ出して、「素晴らしいですね」と拍手される世界があった。
それが今は、血の滲むような努力で新手を見つけて、それがオリジナルのアイデアであったとしても「AIで調べたんだろうね」という評価になりがちです。
【養老】ただ、そもそも何をもって創造性というか。そこですよ。僕からすれば、新しい発見とは、多分「自分に関する発見」なんですよ。世間の評価なんてどうでもいい。自分が今まで知らなかったことがある。そして、自分の中でそれがわかった、その瞬間にとんでもなく「あっ!」と思うわけです。
アルキメデスが風呂の中で考えて、「浮力」についてひらめいた瞬間に裸でシラクサの町を走ったという話がありますね。それはもう、大発見だったわけです。それでノーベル賞をもらえるとか、そういう話じゃない。
自分が今まで風呂に入ったときに、身体が軽くなるのはわかっていたんだけど、どこまでどういうふうに軽くなるのかさっぱりわかってなかったのが、あ、これは「浮力」なんだとわかった瞬間に、もう、きちんと、定量的にわかるわけでしょ。
そうすると、ちょうど、ひどい近眼の人がいい眼鏡をかけたような感じで、スキッと世界が見えた。そしたら、ものすごくうれしくて、飛び上がる。それが発見ですよね。発見にはそういう喜びがあって、それが本来の創造でしょ?発見と同時に、自分が変わっていく喜びがあるのが人間なんです。
だから、別にアルキメデスの時代じゃなくても、伝記に残るような偉人じゃなくても、ごく普通の人がそういう発見をできるはずなんです。「知らない」から「知る」へのジャンプ。
今の教育の悪いところは、その発見になるようなことを、あらかじめ与えちゃう。だから、勉強するほど創造性が落ちちゃう。コンピュータから教わる子どもも同じだね。
問いと答えをあらかじめ提示されちゃえば、発見の喜びは削がれますから。だから子どもに何をどうやって教えるかって、大事なことだと思うんです。喜びを奪っちゃいけない。