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跳躍するアシックスと立命館(後編)学生が経営リーダーと接することの意義

西山昭彦(立命館大学客員教授)

2025年05月13日 公開


↑毎朝6kmを走るアシックス・廣田康人CEO

産学連携にはさまざまなかたちがあるが、学生にインパクトがあるのは企業内部の現実に早く触れることではないか。立命館大学客員教授が、世界で評価されたアシックスCEOの取り組みと成功要因を解説し、学生たちの学びを促進する。

 

世界6位の経営者

英国『エコノミスト』誌「2024年世界のベストCEO」で、アシックスの廣田会長CEOが世界ランキング6位に選ばれた。10位以内に日本人は2名だけである。オニツカタイガーがZ世代向けに成功したことが大きく、このまま行けば2025年も表彰対象になる可能性が指摘されている。これは外部からの、海外からの評価なので、客観性が高い。

廣田さんは三菱商事出身で、2014年から18年まで同社常務執行役員を務めた。私もこの時期社外取締役をしていたので、そのときからの知り合いとなる。2018年3月アシックス代表取締役社長COO、2022年3月代表取締役CEO兼COO、2024年1月より現在の代表取締役CEOに就任している。

その上で、同社のグラフを見ると、2020年コロナの影響で一時売り上げは落ち込んだが、それ以降の上昇は著しい。2024年には、コロナ前の2018年比で、売り上げが76%増の6785億円に拡大し、しかも営業利益率が2.7%から14.8%へと5.5倍になっている。こんなに急進した企業は希である。

この業績に応じて、株価も527円から3803円に7.2倍になっている。コロナで低下した2020年に181円で株式購入していたなら、それが4年で21倍になる。500万円が1億円を超える。持ち株をやっている社員にとっても、とてつもない資産増加である。

 

会社の利益を社員に還元

廣田CEOに、その成功要因を聞いた。

私の式に、会社の成果=会社の目標×組織×社員力というものがある。その順番に聞くと、まず目標は、わかりやすさが一番という。当初は営業利益率10%達成を掲げた。現在の14.8%は業界で世界1位である。現在は売り上げ1兆円を掲げる。海外売り上げが8割だが、地域別に現地の経営は現地の人に任せてKPI(重要業績評価指標)をはっきり示す。

また、資本コスト10%を超えて利益を上げた場合には、その10%を社員に還元する方針を示し、会社の利益を自分ごとにしている。


↑アシックスの売り上げ、利益、株価の推移(出所:アシックスの提供情報により筆者作成)

次に、組織体制は着任後、時を置かず5つの「カテゴリー制」という本社の担当部門と系列の販売会社を一体の組織に改めた。

これまで、本社と販社が違う方向を向いていたり一致した行動がとれないことがあったが、カテゴリーのヘッドに製造から販売までの全ての責任を持たせ、利害を一本化することでそれがなくなった。事業部制に近い。

3番目の社員に対しては、会社の動きを伝えることを意識し、2週間おきに社長のブログを書き、また着任後ランチミーティングを重ね、900名の本社全社員と顔を合わせた。同社では以前から中途入社が多く、全体の4割に上る。

新人が当たり前に仕事ができる風土があり、協働体制を強化した。世界同一の人事評価制度を導入し、CDP(キャリアデベロップメントプログラム)を通じて社員の異動も活発化している。

 

トップアスリートを奪還した社長プロジェクト

廣田さんは2018年に社長に就任したが、そのころにはナイキの厚底シューズが市場に投入され、選手の自己ベストや大会記録が次々と更新された。

廣田社長は危機を感じ、2019年11月に社長直轄の「Cプロジェクト」を立ち上げる。しかしながら2021年の箱根駅伝出走者で、アシックスの靴を履いている人が1人もいないという非常事態に陥った。

「世界一速く走れるシューズ」を作り、トップ選手に履いてもらうという目標へ向けて、各部門から集まった若手社員が燃えた。

創業者の鬼塚喜八郎が唱えた「頂上作戦(トップアスリートからきめ細かくニーズをくみ取り、選手の信頼を得る)」を実行した。アスリートに寄り添い、動きを分析し、要望を聞いて、それらを取り入れたシューズを開発することを目指した。

世界のトップアスリートの声を聞くことで、ストライド型とピッチ型の走法の違いに着目した「METASPEED」シリーズを開発した。通常2年ほどはかかる商品開発を、1年で目途をつけた。

正月の大学駅伝のシェアも取り戻した。東京オリンピックではトライアスロン男女選手が、パラリンピックではマラソン女子の選手が同社のシューズで金メダルを獲ってくれた。

このようにトップの選手に履いてもらうことで、そのシューズの技術が評価され、一般のランナーにも波及していくという循環に繋がった。この社長プロジェクトの成功が、同社躍進の大きな原動力となった。

 

ミクロとマクロの両面を兼ね備えたタイプ

一般に、企業内で活躍している幹部を見ると、2つのタイプに分かれる。1つは、論理的思考に優れ地頭のいい人で、経営企画部門などで活躍している。

もう1つは、人望があり、部下が「あの人のためだったら精一杯働く」とついてくるタイプで、営業部門などの幹部にいる。スキルでいう問題解決力と人間力といえる。

前者は、上を向いて仕事するタイプが一定数いる(頭がいいので、人事考課権を持つ人に従うことが効率的と考えるのかもしれない)。後者では、クリエイティブな発案や細かい詰めが弱いタイプが一定数いる。

どちらが会社をリードするか。それは業態にもよる。コンサルなどの頭脳労働の会社では前者が、販売会社で営業力がものをいう会社では後者になる。人の才能は無限ではないので、全能型の人は少なくて当然だ。だが、もし1人で両方兼ねている人がいたら、どうなるか。

実は、廣田CEOのすごさはここにある。三菱商事時代、700人の部下を抱えてマクロ的な方向性を示すとともに、個々の人の感情に細やかに対応するミクロ的な配慮もしていた。

実は、それでどれだけ私自身が助けられたかわからない。7年間社外取締役を続けられたのも、廣田さんのサポートがあってのことである。

アシックスでも、その両面を発揮したのは間違いない。次の会社の方向性と夢を示し、同時に社員に寄り添い、その気持ちを一つにまとめて、前人未踏の大きな成果を上げ続けた。

さて、産学連携では、学生がこれらの活躍する経営リーダーや社員に触れることが何よりの刺激だ。学生はインプットばかりで、アウトプットがないから学びが進まないという側面がある。

アウトプットの場を知る意味で、社会人に大学に来てもらい、講義する、学生と対談する、課題解決をすることをもっともっと増やしていくことが、日本の人材育成に繋がると信じている。

 

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