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生き方

哲学者が教える「不安や苛立ちに振り回されない」ために習慣化すべきこと

小川仁志(哲学者・山口大学教授)

2025年09月16日 公開

人生は選択の積み重ねです。
「お茶を飲むか、コーヒーを飲むか」そんな無意識の選択から、「結婚」「転職」などの人生における重大な選択まで、私たちの一日は、あらゆる「選択」によって占められています。
では、いったいどうすれば「いい選択」ができるのでしょうか?

本稿では、「いい選択」をするための日頃から習慣化すべき「ネガティブにならない」ということについて、哲学者で山口大学教授の小川仁志さんに解説して頂きます。

※本稿は、小川仁志著『悩まず、いい選択ができる人の頭の使い方』(アスコム)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

不安や苛立ちは、「選択の前」にやってくる

試験や仕事で思うような結果が出ず、「自分には価値がない」と思ってしまう。
ふと「自分の人生に意味があるのだろうか」と思ってしまう。
ネガティブなニュースに反応し、社会や他者に怒りを抱いてしまう。

このように、ネガティブな気持ちになることは誰にでもありますが、現代社会はネガティブになる機会が多く、しかもネガティブな状態が慢性的に続きやすくなっています。

そもそも人間の脳には、「ネガティビティ・バイアス」といって、ネガティブなものに反応しやすく、物事をネガティブにとらえやすい傾向があるのです。

これは、ネガティブな情報を先に処理し、危険を回避することが、生存確率を高めるために必要だったからだと考えられています。

だからこそ、ネットやテレビは視聴率やビュー数を稼ぐためにネガティブな情報を流すのです。そのせいで私たちは、さらにネガティブになりやすい環境に置かれてしまいます。

そして、ネガティブな状態が続くと、人はいい選択ができなくなります。

「自分はダメな人間だ」「自分なんて何をやってもうまくいくはずがない」といった思考に陥り、うつや自暴自棄になってしまいます。ときには自分の命を絶とうとしたりすることさえあるのです。

 

ネガティブの原因は常に「自分自身」の中にある

アメリカの哲学者エリック・ホッファー(1902~1983)は、「激しい不平不満というものは、その原因が何であれ、根底では、自分自身に対する不満である」という言葉を残しています。

ドイツ系移民の子としてニューヨークで生まれたホッファーは、7歳で母親と、18歳で父親と死別し、農園やレストランで働きながら図書館へ通い、大学レベルの物理学や数学、植物学などをマスターしていきました。

大学の研究員に誘われたこともありましたが、それを断り、30代の終わりから30年近く、沖仲仕(港湾労働者)として働きながら数々の書籍を執筆。「沖仲仕の哲学者」「独学の哲学者」と呼ばれるようになりました。

他人に左右されず、自分のペースで生きたいという思いが強かったホッファーは、不満の原因は他者や外部ではなく、常に自分自身の中にあると考えました。だから不満を抱かなくなるためには、自分に満足すること、自分の価値に疑念を抱かないこと、他者との一体感を強く抱くことが大事だと考えたのです。

また、第16代ローマ皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌス(121~180)は、著書『自省録』の中で、「君の肉体がこの人生にへこたれないのに、魂のほうが先にへこたれるとは恥ずかしいことだ」「他人を非難する暇があったら、ひたすら目標に向かって努力せよ」と述べています。

アウレリウスは、古代ローマがもっとも繁栄した、「パックス・ロマーナ」と呼ばれる時代の最後の哲人君主で、五賢帝の一人です。

当時のローマは、地震や洪水、疫病、異民族の侵略などが続き、彼は多忙な日々を送っていましたが、自分の内面に目を向け、思索することをやめませんでした。

自身も常に前向きに、熱心に働いたアウレリウスだからこそ、ネガティブな感情を持つことを厳しく批判するのもわかる気がします。

また、彼はやはり『自省録』の中で、「今日私はあらゆる煩労から脱け出した。というよりもむしろあらゆる煩労を外へ放り出したのだ。なぜならそれは外部にはなく、内部に、私の主観の中にあったのである」と述べています。

アウレリウスは煩労、つまりネガティブなものは自分の心の中にあるとし、それを外に放り出すことで、苦境から脱することができると言っているのです。

 

「自分のリズム」という軸

一方、フランスの哲学者アランことエミール=オーギュスト・シャルティエ(1868~1951)は、著書『定義集』の中で「苦悩を解決する方法は動物のように呼吸をすることである。苦悩はため息である」と述べています。

また、『幸福論』の中では「体操と音楽は、名医プラトンの用いる二大療法であった」と述べています。

動物のように呼吸をすること、音楽に合わせて体操をすること。
その2つに共通するのは「リズムよく生きること」です。

ただし、「リズムよく生きる」というのは、「他者や社会のリズムに合わせて、規則正しく生きる」という意味ではありません。

音楽も、他者のリズムに無理に合わせようとすると、とたんに調子が狂ってしまい、のびのびと演奏できなくなります。

ネガティブになることを遠ざけるためには、あくまでも自分のリズムで生きることが大事なのです。

アランは、著書『芸術の体系』に「すべての行動は休息と努力の交替によってリズムを作り出す」とも書いています。

人はみなそれぞれに、休みも含めて、自分なりのリズムを作り、自分の音楽を奏でています。そのリズムが守られていれば、自立自尊の生き方ができるのです。

逆に、自分のリズムで生きられないとネガティブになってしまうのです。

多くの人は、ホッファーのように自由に生きることもできず、アウレリウスのように自分ですべてを決められる立場にもありません。

会社や社会には守らなければならないルールがあり、完全に自分のリズムで生きることは難しいでしょう。人生から完全にネガティブな要素を取り去ることもできないかもしれません。

しかし、ネガティブなもの、他者のリズムや音楽を「自分のリズムを邪魔する不協和音」ととらえるのではなく、ある程度自分の中に取り入れることなら、できるのではないでしょうか。

仕事でも何でも、「他人からやらされている」と感じているうちはネガティブな気持ちになり、押しつけられたことに従ってばかりいると、どんどんマイナス思考になります。

「自分は他人に振り回されてばかりで、思い通りに生きられていない」と思ってしまうでしょうし、そのような状態で、前向きないい選択ができるはずがありません。

しかし、「この仕事をして自分の経験値を上げよう」「楽しんでみよう」という気持ちで取り組むと、なんだか楽しくなってきたりするものです。
現実を変えるのは難しくても、視点を変えれば気持ちが変わるはずです。

 

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