ビジネス書を中心に1冊10分で読める本の要約をお届けしているサービス「flier(フライヤー)」(https://www.flierinc.com/)。こちらで紹介している本の中から、特にワンランク上のビジネスパーソンを目指す方に読んでほしい一冊を、CEOの大賀康史がチョイスします。
今回、紹介するのは『NEXUS 情報の人類史』(ユヴァル・ノア・ハラリ著、柴田 裕之訳、河出書房新社)。この本がビジネスパーソンにとってどう重要なのか。何を学ぶべきなのか。詳細に解説する。
現代における知の結晶、そしてAIが導く未来は
『サピエンス全史』、『ホモ・デウス』という超大作を作り上げられた知の巨人ユヴァル・ノア・ハラリ。日本だけではなく、世界の知識人たちに圧倒的な評価を得てきました。そして、今回紹介するのは、それらを上回るとも言える大作である『NEXUS 情報の人類史』です。
今回の作品は、宗教・思想・政治体制・科学の歴史に触れながら、AIの進化が引き起こす未来の姿を構想し、より良い未来になる指針まで導くという、現代の人類における第一のイシューあるいはアジェンダに向き合ったものと言えます。
今まで自分が歴史、思想、AI、科学などに触れてきたのは、この本を理解するためだったのかもしれない。そのように思わせてくれた圧倒的な存在感のある作品です。
ただ、本書は西洋の歴史や宗教的なバックグラウンドなどの知見もふんだんに紹介されていて、100%の理解は難しい本でもあります。未来を見通す上で、欠かすことのできないだろう内容が多く、ここで要点に触れていきたいと思います。
本書のハイライトとなる「下巻」に至るまで
『サピエンス全史』を振り返ると、虚構という言葉で象徴された人の集団を束ねる物語による認知革命、生産性向上により爆発的な人口増加のきっかけになった農業革命、そして観察と数学を中心に据え今もって革命が継続される科学革命という3つの革命が人類の文明の発展を導きました。
そして、『ホモ・デウス』で紹介されたように、人類は飢饉・疫病・戦争という大きな問題を乗り越え、AIの進化により人類は新たなステージに入りつつあります。過去支配的だった「人間至上主義」が想定する物語では「自由民主主義」が一度勝利をして、今はAIのアルゴリズムが支配する「データ教」へと導かれつつあるとされました。
そのような背景も踏まえつつ、もう一度未来を見通すために過去の物語を解釈し直すのが本書の上巻となります。特に世界を形作る上で、どのようなものが私たちの社会の結節点、すなわち「ネクサス」となってきたかが興味深いところです。
主要な虚構として位置づけられるのは、神話・宗教や物語であり、さらに帝国や国家の秩序の源泉となったのは文書とその運用を担う官僚制にあったとされています。
しかしその官僚制においてもなお、それを束ねるネクサスは真実とは限らず、可謬性を持つがゆえに、常に自己修正メカニズムによる物語のアップデートがなされてきました。
そのような流れを踏まえ、本書における「ショートケーキのイチゴ」に相当するだろうハイライトとなる、下巻の主張につながっていきます。
民主社会とAI
20世紀末までに、民主主義が工業社会における最適な政治体制だというコンセンサスが得られました。ほぼ1世紀にわたる検証により、全体主義や軍国主義を一旦否定することができましたが、2つの世界大戦による犠牲は非常に大きなものでした。
今後、AIが引き起こす自由民主主義の混乱の代償を、現代の世界が受け止められるだけのキャパシティがあるのかに対して著者から疑問が呈されます。現代の激しい争いには核兵器や致命的な生物兵器が使われかねず、誤りがあったときに修正が効きやすいという民主主義の長所が発揮されるまでの時間が残るかが不確実だからです。
すでに世界のいたるところでイデオロギー上の隔たりから、ポピュリズムの政権が存在感を示し始めています。ポピュリズム政権が意図をもてば、独裁や全体主義へと結びつけられやすいことは、第二次世界大戦のドイツにおける教訓が示したことでもあります。
全体性や損失の行き過ぎに対して自己修正メカニズムが適切に働き、民主社会が繁栄していくためには、「善意」、「分散化」、「相互性」、「変化と休止」を発揮していかなければいけないとされています。
特に民主主義が大きな変化を吸収するには、時間が必要と考えられます。過度な厳密さや過度の順応性などの極論に正解があることは少なく、中道に答えがあるとするならば、それを見出すために時間的な猶予の中で折り合いをつけていく必要があるのです。
全体主義における難しさ
それでは独裁や全体主義体制であればAIの活用が進み社会が発展するのでしょうか。第二次世界大戦時のヒトラーやスターリンのような過去の全体主義政権では、秘密警察などの大規模な情報統制機関が必要でした。ただ、その機関による統制の厳しさゆえの停滞から、持続的な社会や経済の発展は実現せず、全体主義の隆盛は長く続きませんでした。
では秘密警察や官僚に変わりAIが国家におけるあらゆる情報を管理・統制することで、再度全体主義が優勢となる時代が来るのでしょうか。たしかにAIは膨大な情報を目的に応じて整理するために有効に使えるもののように見えます。しかし、全体主義体制にとっても、AIは最も警戒すべきものとなるといいます。
例えば独裁者が唯一の信頼できる情報源としてAIを活用していた場合、AI側の視点に立てば権力が集中する独裁者をうまく操作することさえできれば思うように世界を動かせます。独裁者はAIの傀儡に成り下がり、AIが重大な権力を手にします。
また全体主義はAIが何らかの意図をもった場合、トップダウンが強く国家を操作するのが比較的やりやすい体制でもあります。そのため、独裁者は側近と同じようにAIにも用心しなければなりません。うまくAIを管理下におけなければ、AIが独裁者から権力を奪って独り占めにしてしまうのです。
シリコンのカーテンが示唆する世界
スペインとポルトガルとオランダの征服者が世界帝国を築いていた16世紀においては、帆船や火薬が帝国を統合する力となりました。その後、イギリスやロシアが覇権の獲得を目指していた時代には、蒸気船や蒸気機関車や機関銃を頼みとしました。しかし、21世紀に植民地を支配するためにはもう軍艦を派遣する必要はありません。あからさまな軍事力ではなく情報で領土を支配する、「データ植民地主義」の時代になりつつあります。
過去には土地を求め、産業革命後には機械や技術を求めて帝国は拡大しましたが、データ植民地の時代になると、ほぼ無料のデータにこそ力の源があり、そのデータはほぼ光速で世界中を移動することができるのです。
そして、今までは世界を張り巡らしたウェブの概念でネットワークを語っていましたが、これからは例えば鉄のカーテンならぬシリコンのカーテンにより世界がデータでも分断され、西洋等の民主主義勢力と中国等の全体主義勢力の繭(コクーン)の中に情報、そして人々を閉じ込めようとするのかもしれません。
そのような時代では、一部の人の短期的な利益ではなく、全人類の長期的な利益を優先し、うまく世界でバランスを取っていくことが求められるでしょう。私たちはより良い世界を生み出すことができるとしても、歴史が示したように唯一不変なのは「変化する」ということ自体なのだと、著者は示しています。
知性の優位性が揺らぐ時代に生きる私たち
ここからは著者の主張から離れ、個人的な感想です。AIがここまで人々の恐怖を呼び起こすのは、私たち人類が世界の優位の源泉を人類全体の知性の集合においていたにも関わらず、その優位性が脅かされる存在が現れたということを意味するからでしょう。
もし人類の知性の優位性が揺らぐことがあれば、これからの私たちは優位が保てなくなるのかもしれません。あるいは、そもそも人類の幸福のために、絶対的な優位である必要性はないのかもしれません。部分的だとしても、AIという全能の神に近い存在が現れたようにも見えてきます。
ただ、人間の優位性を立証するという立場ではなく、AIという異質な知性を受け入れ、うまくAIと個人が折り合いをつけていく可能性は残されています。記憶力、処理スピードでは、AIの方がはるかに優秀ですし、その差は開いていく一方でしょう。現在のAIにはできない、と主張されていることの多くは、あと10年ほどの間にAIでもできるようになりそうです。
私たちはAIを嫌煙するのではなく、うまく使いこなす学習と、世界に対する謙虚さを持っておく必要があるでしょう。そして、社会システムを導く主体として過度に無力感を感じずに、より良い社会構造を構想し続けなければならないとも言えます。
そのような不確実で挑戦的な未来を想像するのに、本書は最適な本ではないでしょうか。現代の最重要とも言えるテーマを扱っていくために、目を通しておきたい一冊です。