1. PHPオンライン
  2. くらし
  3. 認知症の症状も改善! 記憶力が向上する「音読トレーニング」のすごい効果

くらし

認知症の症状も改善! 記憶力が向上する「音読トレーニング」のすごい効果

川島隆太(東北大学教授・医学博士)

2025年10月01日 公開

東北大学の川島隆太教授が行った実験で、20〜30人の被験者が新聞記事を黙読したところ、読書中には左右の脳が働いていることが分かりました。特に、前頭前野(背外側前頭前野)の後方下部にある言語を扱う領域が左右ともに活動し、さらに視覚や聴覚の領域にも反応が見られました。つまり、本を読むことは脳全体を使う行為であり、読書はまさに「脳の全身運動」と言えるのです。

では、音読をした場合には脳にどのような反応が現れるのでしょうか。本稿では、音読が記憶力に与える影響について、書籍『本を読むだけで脳は若返る』より解説します。

 

文字を見て読むときと、声に出しながら読むときでは、脳の働きが異なります。この黙読と音読の違いはとても興味深いものがあります。論理的に考えると、黙読は目で文字を見て、その内容を脳の記憶する場所に一時的に蓄えながら意味を理解していきます。音読は、文字を見るだけでなく、それを声に出すという運動の変換も脳の中で行われます。

また、目で見た文字の情報を声に出すことで、再び自分の耳にその情報が入ってきます。同じ一つの情報でも、脳の観点から言えば、目から入ってくる情報、自分の口や喉を動かすときに使う情報、音として再び耳に入ってくる情報があり、二重三重に脳を使います。

実際にMRI装置で文章(新聞記事)を音読してもらったときに測定した脳が図2─4です。黙読したときの脳の状態と比べてみてください。働いている場所は基本的に同じなのですが、より広い場所が活性化しています。つまり、たくさんの大脳を使っていることがわかるのです。

この実験結果を踏まえると、文章を読むとき、黙読するよりも音読したほうが、より多くの人にとって脳の強力な全身運動になるのではないかという仮説が成り立ちます。

 

そこで、成人の方に協力いただき、文章の音読を継続すると脳の全身運動ができるのか、できるとしたらどんな変化が生じるのかという心理学的な実験を行いました。

この実験で被験者に音読していただいたのは、およそ600〜800字の文章です。毎日、その文字数の文章を音読してもらいました。文章の内容は、毎回、被験者にとって初めて読むものが良く、実験の日数分のコンテンツを用意しました。また、毎週末に記憶力のテストも受けてもらいました。

なぜ記憶力のテストを実施したかというと、まず一般的に成人の方は加齢による記憶力の低下を問題視することが多いからです。また、記憶力は脳の加齢によって基本的に衰えていくことがわかっているからです。記憶力の低下は、加齢がもたらす大人の悩みであり、脳の性質の一つであるので、音読の脳トレによって記憶力の変化が生じるかどうかを見ることは、研究として有意義ではないかと考えました。

それまでの理解では、読書活動と記憶力の間には関係がないと考えられてきました。仮に、音読をしたことによって記憶力が改善したとなれば、これは読書活動と記憶力の間に直接的な関係性があると言え、新たな知見の発見になり得ます。

ちなみに、学習したことによって、その学習した内容とは異なる認知力が高まることを「トランスファー(転移)効果」と呼びます。特に、全く異なる認知力に転移が及ぶことは「ファートランスファー(遠い転移)効果」と呼ばれ、脳にかかわる実験ではときどき見られる現象として知られています。このような効果が音読で生じるのかどうか。

記憶力のテストは、ひらがなの単語30個を2分間で記憶するというものです(図2─5)。2分経ったら、紙を裏返して、今記憶した言葉を思い出します。

実験に参加いただいた方の平均年齢は48歳で、音読トレーニングを始める前に記憶できた単語数は平均で10個でした。比較するために、平均年齢37歳のグループにこの記憶力テストをやってもらったところ、平均で12個の単語を覚えることができました。東北大学の大学生や大学院生にもやってもらうと、平均で16個でした。やはり、若い人ほど記憶力が良い傾向がありました。

そして、平均年齢48歳のグループのみ単語記憶のテストを毎週末に取り組んでもらったところ、図2─6の結果が出ました。1週間後は変化が見られませんでしたが、2週間後には明らかに記憶力が伸びました。4週間後には平均で14個の単語を覚えることができました。これは平均年齢37歳のグループを超える成績で、10歳以上若い人たちよりも記憶力が良くなったと言えます。

この実験の大きなポイントは、記憶力のトレーニングや単語の学習をしたわけではないのに、音読という、一見すると無関係な活動が脳の認知力を高めたということです。まさにファートランスファー効果です。人は、脳の全身運動となる音読をすることで、脳の機能、少なくとも記憶力を高めることができるのです。

 

実は、私たちは認知症になってしまった高齢の方々の認知機能を改善させるプログラムを開発していて、その実践にも取り組んでいます。

対象者は、アルツハイマー型認知症と診断され、症状の度合いが中度から重度まで進行した方々(介護施設入居者)です。もちろん、症状がある程度進んだ認知症の方に長い文章を読んでもらうことはできませんので、代わりに短い文章の音読や、ひらがなの拾い読みを声に出してやってもらいました。そして、このプログラムを週5日取り組むことを目標にやっていただくようにお願いしました。

結論から言うと、私たちも驚愕したのですが、アルツハイマー型認知症の方の認知機能が向上したのです。症状の進行が止まったという話ではありません。失われていくはずの認知機能が回復したのです。その光景を目の前で見たとき、私たちは驚かずにはいられませんでした。

私たちは、米国でも同様のプログラムを作って実践しました。すると、全く同じ現象が生じました。音読は、脳の認知機能を高める。特定の言語によらず、特定の人種によらず、また健常者だけでなく、アルツハイマー型認知症になってしまった方でも、音読をすると脳の認知機能を向上できるのです。この驚くべき結果については、すでに論文という形で世界に向けて発表しています(2005年、2008年、2015年)。

ちなみに、アルツハイマー型認知症については、最先端の薬を使っても認知機能を上げることができません。落ちていく認知機能を緩やかにするのが最大の効果です。これが今の医学・医療の限界です。しかし、介護の現場などで、介護者が支援しながら脳を使うプログラムを実施すると、薬とは比べものにならないほどの効果が出るのです。それを私たちは証明できたと考えています。

わかりやすい表現をさせてもらえれば、音読はお金のほとんどかからない特効薬です。健常な方も、ぜひ取り組んでいただきたいと思います。

 

アクセスランキングRanking