親の「応援」が、子どもを追い詰めてしまうことがあります。広陵高校の事件を機に注目されるスポーツハラスメントは、指導者だけでなく保護者も加害者になり得るのです。
子どもを守るために必要な視点を、日本アンガーマネジメント協会ファウンダーでスポーツハラスメントにも詳しい安藤俊介さん、そして同協会に所属し、スポーツ指導者に向けた研修も担当する松島徹さんに伺いました。
保護者も加害者になり得る?
――子どもたちのスポーツ指導の場では保護者の存在も大きいと思います。保護者が気づけるハラスメントのサインや「ここは明確にアウト」と言えるポイントはあるのでしょうか。
【松島】実は、スポーツハラスメントは指導者だけが起こすものではなく、保護者が加害者になるケースもあります。例えば、試合中に子どもが倒れると「すぐ立ち上がれ」「走れ」と無理をさせたり、ケガを軽視して叱責する。
応援に熱が入りすぎて、結果的にハラスメントになってしまうのです。だから「保護者が気づけるか」というよりも、そもそも親自身が加害者になり得ることを自覚することが重要です。指導者やコーチ同士で声を掛け合い、相互に注意できる関係をつくることが不可欠だと思います。
――たしかに、公園などでも、子どもに厳しくスポーツを教える親御さんを見かけることがあります。
【松島】プロチームの現場では「指導は私たちがやるので、保護者の方は見守ってください」と伝えているケースもあります。指導者側も「どんな声かけをすればいいか」を学び続けていますし、保護者には見守りに徹してもらう。その線引きが重要です。
熱がこもるのは悪いことではありませんが、ポジティブな声かけに限るべきです。例えば「なぜそんなミスをするんだ」ではなく「次がんばろう」と切り替えを促す言葉にする。これが大切です。
――かつてのスポーツ漫画やドラマでは「親も一緒に厳しく叱る」ようなシーンも多かったですね。
【松島】最近は、プロの指導映像がインターネットですぐ見られるため、保護者が必要以上に高いレベルを子どもに求める傾向があります。本来ならもっと上の年代で行うべきトレーニングを小学生に要求し、できないと叱責する。それがハラスメントにつながっている。情報が簡単に手に入る時代だからこそ、逆に問題が増えていると感じます。
【安藤】これはスポーツに限りません。学校の成績や受験でも同じで、親が「自分の人生のやり直し」を子どもに投影してしまう。自分が果たせなかった夢を子どもに託すこと自体が悪いわけではありませんが、それが子どものためなのか、自分の不安解消のためなのか。そこを見極めることが大切です。
小学生からの“ハラスメントの相談”が増えている
――子ども自身はハラスメントだと認識できないこともあります。子どもたちが声を上げられるようにするにはどうすればよいでしょうか。
【安藤】まずは「スポーツハラスメント」という概念を浸透させることです。現在、相談窓口があり、相談件数は増えています。これは実際に件数が増えたというよりも、「これはおかしいかもしれない」と気づける人が増えた結果でもあります。
実際に寄せられる相談の9割は高校生以下で、その半数が小学生からです。むしろ下の世代のほうが意識が高まっている。世代が下がるほどハラスメントへの感度が高くなっているのは、社会全体としての前進だと思います。
――小学生の段階で意識が浸透し始めているのは驚きです。
【安藤】一方で、意識が高まると「ではどう指導すればよいのか分からない」という課題も生まれます。これはパワハラ問題と同じです。意識を高めつつ、適切な指導法を学ぶ機会を増やしていくことが重要です。
――今回の広陵高校の件から、教育やスポーツ文化全体が学ぶべき教訓は何でしょうか。
【安藤】「何のために教育をするのか」を改めて問い直すことです。本当に子どもの成長のためなのか、それとも学校や指導者のためなのか。今回の件で広陵高校が受験生を減らすような事態になれば、初めて学校も気づくでしょう。社会もまた「どの学校や団体に子どもを預けるのか」という視点で判断するようになっていくと思います。
スポーツハラスメントの改善に向けて必要なこと
――大きなニュースにならないと気づかれないことも多いですね。ここからは実践・対策について伺います。スポーツの現場は上下関係が強く、閉鎖的になりがちです。健全な人間関係を保つために、指導者ができるマネジメント上の工夫はありますか。
【安藤】その点は、松島が行っている講座の内容が参考になると思います。
【松島】指導の中で「叱る(注意する)べき場面」は大きく4つに分けて考えています。
選手の成長のため:成長を促す意図で、具体的な改善点を示す。
安全の確保:ケガや事故につながる行為を止め、是正する。ここは最優先です。
チームの規律:ルールを守り、全員が公平にプレーできる状態を保つ。ただし、罰としての過度な制裁は不要で、やり方に注意が必要です。
姿勢・態度:明らかな手抜きや、チームに悪影響を及ぼす態度に対する指導。
いずれも「怒る」こと自体が目的にならないよう、声かけの質を重視します。例えば「ちゃんと守れ」「しっかり走れ」ではなく、野球なら「長打が出やすい打者だから守備位置を2メートル下げよう」と具体的に伝える。何をすべきかが分かる声かけが、ハラスメントの予防につながります。日本スポーツ協会の調査でも、スポハラの要因として指導者の知識不足が挙げられています。だからこそ、適切な声かけやNGワードを学ぶ機会が重要なのです。
――教員やコーチ自身が、学び続ける姿勢も大切ですね。
【松島】スポハラに限らず、パワハラを含むハラスメント全般で知識不足が発生要因になります。正しい知識があれば「今の対応はOKか、NGか」を自分で判断できますが、知らなければ気づけません。
――コーチや教員が自覚を持てない背景には、どんな要因がありますか。
【松島】これまで「厳しさが強さをつくる」と受け入れられてきた歴史があります。選手も「評価のために多少の厳しさは当然」と我慢してしまう。そうすると、コーチは自分のやり方が正しいと誤認しやすい。だからこそ、指導者が学び直すことが重要です。
――学び直しによって、現場の反応は変わりますか。
【松島】日本スポーツ協会向けのアンガーマネジメント研修では、さまざまな競技の指導者が集まります。他競技のやり方を聞いて「自分の方法はまずかったのかもしれない」と気づく人が多い。競技は違っても学べる点は多く、視野が広がります。
――他競技から学ぶ視点は有効ですね。
【松島】個人競技とチーム競技ではアプローチが異なりますが、フォーム指導やフィードバックの出し方など共通点も多い。欧州では一つのクラブで複数競技を経験させる例もあり、子どもも指導者も多様なスポーツから学ぶ文化があります。日本では交流機会が少ないのが課題です。まずは校内でも他部の指導に目を向けるなど、視野を広げる意識が必要だと思います。
まずは、ハラスメントの意識を育むことから
――スポハラという概念の浸透自体が、予防に効きそうです。
【松島】そう思います。言葉が広がることで認識が共有され、起きにくくなる。イベントや研修への参加者はまだ限定的ですが、少しずつ広げたいですね。
【安藤】やはり保護者によるハラスメントにも注意が必要です。スポーツ界で「天才少年/少女」などと言われる子どもの背後で、親の過度な関与や商業化が批判される例もあります。個別の事案の真偽はさておき、親の熱量が行き過ぎればスポハラになり得るという意識は持っておくべきです。
――親の熱量が高すぎること自体が、スポハラの可能性になる。
【松島】選手本人のビジョンと一致している場合もあります。とはいえ、関係が悪化した途端、過去の暴言などが「証拠」として出てくることもある。良好な関係のうちから、人権を損なわない関わり方を意識することが大事です。
――方向性が一致しているときは問題視されにくいですが、後から「実はハラスメントだった」と気づくこともあるのですね。
【安藤】その時点で気づけなかっただけで、当時からハラスメントだったわけです。だからこそ、知識を持ち、日頃から考える癖をつけておく必要がある。
――結局、自分の在り方は自分で決める意識が必要ですね。厳しい指導に晒されやすい選手に対するアンガーマネジメントやコントロール方法、教え方のポイントはありますか。
【安藤】アンガーマネジメントはトレーニングです。理屈を知り、練習を重ねれば身につきます。ただし、本人が「変わりたい」と望むことが前提です。ダイエットと同じで、危機感や目的意識がないと続きません。指導者も「このままでは誤った指導になるかもしれない」という問題意識を持たない限り、最初の一歩が踏み出せない。踏み出しても「自分のやり方が正しい」と固執すれば、うまくいきません。
――日本でスポハラの意識が高まり始めて、まだ10年余り。やはり浸透には時間がかかりますか。
【安藤】パワハラという言葉が日本で広まったのは2000年代初頭ですが、20年で意識は変わっても、ゼロにはなっていません。スポハラの歴史はその半分ほどです。道半ばだと思います。
――問題への関心が高まると、別のハラスメントにも目が向きます。
【安藤】意識が高まること自体は良いことです。ただし目的は「誰かをやり玉に挙げること」ではなく、みんなで良くしていくこと。目的を見失うと、単に「ハラスメントの話題」が増えるだけになってしまいます。
――今後、ハラスメントは減っていくと思いますか。
【安藤】減っていくものはあると思います。パワハラやセクハラ、カスタマーハラスメントのように、社会規範が整えば数は減るでしょう。一方、文化・慣習に根差したものは残りやすい側面もある。とはいえ、意識が高まれば、スポハラのような行為は確実に減らせるはずです。
――SNSやメディアの影響力も大きい時代です。最後は一人ひとりの意識を変えていくことですね。
【安藤】そう思います。問題の本質は常に「何のためにその行為をしているのか」。教育も指導も、子どもの人権と成長を軸に考え続けることが、改善への近道です。
(取材・執筆:PHPオンライン編集部 片平奈々子)