外資に買われる「日本の森林と水資源」の危機 企業と地域の取り組みは?
2025年10月31日 公開
近年、日本の森林が海外資本の手に渡りつつあります。土地価格の下落を背景に、水源地を含む山林の売買が進む中、「水と森をどう守るか」という課題が改めて問われています。本稿では、書籍『森林ビジネス』より、外資による森林買収の実態とともに、企業や自治体が取り組む水資源保全の新たな潮流を紹介します。
※本稿は古川大輔著『森林ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)より一部を抜粋編集したものです。
外国資本による森林買収
1990年代から日本の山が安価になり、外資が日本の山を買うというニュースが2000年代にちらほら耳に入るようになりました。明確な購買理由と取引情報が出てこない中、水資源の将来を憂う危機感が業界に広がりました。
2010年、東京財団から「日本の水源林の危機 ~グローバル資本の参入から『森と水の循環』を守るには~」が政策提言として出され、日本の水資源の危機に対して警鐘を鳴らしました。指摘されていたのは法整備についてです。
「ルール整備が不十分な中で森林売買が進行すれば、国として自国の森林資源・水資源を管理することが困難となり、国土保全や国民生活の安定という安全保障面で、大きな影響を受けることが予想される」
提言として、国民の安全・安心のためには、市場経済における短期的利益の追求を前提としつつも、長期的な国益の視点に立った森林売買ルールの整備が不可欠であるとされました。植林放棄是正を急ぐとともに、「重要水源林」の指定・売買ルールの見直しなどの制度整備が早急に必要であると伝えられています。
それから約10年。農林水産省が実施した「外国資本による森林買収に関する調査」(2019年)によると、外国人または外国法人による森林買収は全国で31件。買収された森林面積は163ヘクタールであり、東京ディズニーランドの3倍強の広さです。
31件のうち北海道のニセコ周辺エリアが半数を超えていると言われており、富裕層の観光ビジネスや、円高傾向にあったことから資産保有、節税対策などと多様な理由が散見されています。
日本人もかつてバブル時代、高額所得者の一部が海外の土地を買い漁っていたので、外国資本が問題であるとは一概に言い切れません。大事なのは、その所有と管理における法制度、及び地域で暮らす人たちの「森林への価値共有」と考えられるものです。水資源と日本企業、地域の事例をいくつか見てみましょう。
・コカ・コーラ(い・ろ・は・すの水)
コカ・コーラ社は「い・ろ・は・す」の水源地域等において、地域の行政やNPOと連携し、森林整備や水源涵養を行う「森に学ぼう」プロジェクトを展開。売り上げの一部を寄付し、森林管理を行い、森林を健全に保つことで水資源の持続性を高め、製品製造にも還元。地域との協働を通じ、環境と経済の好循環を目指しています。
・サントリー(水と生きる)
サントリーは全国21カ所以上に「天然水の森」を展開し、約1万2000ヘクタールの水源涵養林を長期的に育成・管理しています。水が自然に育まれる時間軸を尊重し、30年以上先を見据えた森林整備を実施。コーポレートメッセージにある「水と生きる」を体現し、水資源の循環を支える自然共生型のビジネスを推進しています。
・奈良県川上村(水源地の村づくり)
吉野林業の地として知られる奈良県川上村は、吉野川・紀の川の源流に位置し、貴重な水源地を保全するために、約740ヘクタールの原生林を「水源地の森」として1999年から2002年にかけて段階的に購入。川上村はこの「水源地の森」を後世にのこすため、貴重な植生や生態系を保護する活動を行っています。また、「川上宣言」を掲げ、きれいな水を下流に流すことを誓い、水源地の村としての役割を果たしています。
・日田市(水郷のまち)
大分県の日田市は、筑後川を囲む盆地形で、かつてより「水郷日田」とも言われています。天領水、いいちこ(焼酎)、サッポロビール工場があり、水とは切っても切れない地域です。水郷日田の強炭酸水で飲む「日田ハイボール」は、日田杉で作られた「日田杉タンブラー」で楽しめます。2024年観光協会でキャンペーンPRもされ、地域ストーリーをもって薫り高く美味しく、私も日田の林業関係者と多分に楽しみました。
ウイスキー愛好家の注目を集める「ミズナラ樽」
ちょうどハイボールの話題が出たので、ウイスキーの話で締めくくりましょう。
近年、その人気から、ジャパニーズウィスキーの価格が高騰しました。バブル状態は落ち着いたものの、高級嗜好品です。山崎、白州、余市、竹鶴といったブランドはご存じの方も多いでしょう。ウイスキーといえば樽。主にオーク材が使われますが、どんな樹種をどのくらい熟成させるかで、味、香り、価格が変わっていきます。
日本では、1940年、海外からの樽の輸入が困難となった戦時中、サントリーが探し当てたのが日本のミズナラでした。ミズナラ国産樽でウイスキーをつくり始め、性質上の苦難を乗り越え、数十年経って海外からも評価を得るようになりました。
シーバスリーガルはスコッチウイスキーの代表銘柄の1つですが、シーバスリーガルミズナラ12年という商品は、「日本原産のミズナラでフィニッシュ、ほのかな果実の香りと、スパイシーな余韻」と銘打って販売し、国内ファンも多くなっています。
ミズナラ樽は近年、「ジャパニーズオーク」と呼ばれ、世界中のウイスキー愛好家の注目を集めています。最近では、秩父のイチローズモルト、長濱蒸留所のアマハガンなど、ミズナラ樽を利用したベンチャーブランドも勃興しています。
「木彫刻のまち井波」として知られ日本遺産にも選定されている富山県南砺市では、ウイスキーの三郎丸蒸留所(若鶴酒造株式会社)と、林業会社の水と空気をつくる会社と謳う島田木材、井波大工の木工技術を継承してきた地場工務店の山崎工務店が新規事業として、富山県に自生する良木なミズナラを利用した樽製作プロジェクトを開始。
ナラ枯れや老齢巨木化による劣化で利用されなくなる前に、伐採して活用することで、新しい森の循環を生み出すことを理念に事業化。吉野林業が日本酒の樽丸林業で発展したように、100年以上の時間軸で井波の森づくりとウイスキーづくりが掛け算していくとなれば、まさに「林業(樽)」×「お酒(地場産業)」×「まちづくり」にチャレンジしていく好事例となります。