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サントリー黒烏龍茶はなぜヒットしたのか? 私たちの購買行動を促す「刷り込み」

池上彰 (フリージャーナリスト)

2025年11月07日 公開

「期間限定」や「数量限定」に弱い。「くわしくは〇〇で」と言われると、続きが気になる。私たちの身の回りには、衝動的に行動させる仕掛けがたくさん張り巡らされています。「つい買ってしまう」行動を突き動かすからくりとは?「行動経済学」の観点から見ていきましょう。

※本稿は、池上彰監修『なぜ人はそれを買うのか? 新 行動経済学入門』(Gakken)より一部抜粋・編集したものです。

 

「1000円よりも980円」のマジック

行動経済学はまだ新しい学問で、後述するように、さまざまな耳慣れない理論や専門用語が出てきます。
そのため、つい身構えてしまいがちですが、じつのところ、行動経済学を活用した工夫や仕掛けは、私たちの身近なところでたくさん見つけることができます。

たとえばスーパーの店頭で300円、500円といったキリのよい値段がつけられた商品はあまり見かけません。多くの商品の値段は198円とか399円とかのような端数が出ています。
食料品や日用品ばかりでなく、衣料品も同じです。ユニクロに行くと、1990円や2990円の商品がズラリと並んでいます。
このようにキリのよい数字から少し下げて設定した値を「端数価格」といいます。

なぜわざわざこうしたことをするかは、もうおわかりでしょう。たとえば1000円と980円ではわずか20円の差しかありませんが、その数字以上に消費者は980円の表示を見たときに「安いな」と感じてしまうからです。
4桁の1000円と3桁の980円。ひと桁少ない価格表示は、消費者の財布のヒモを緩めるのに充分な効力を発揮するのです。

 

「期間限定」や「数量限定」が有効なのはなぜ?

消費者の購買欲を高めるためにはいろいろな方法があります。「限定」をアピールするのもそのひとつ。「3日間に限り3割引き」とか「100名様限定」とかのやり方です。
消費者が「限定」に弱いのは、それによって急かされるからです。これをもう一歩踏み込んで考えると、消費者側に「損したくない」という意識が働いていることがわかります。

「3日間に限り3割引き」とは、言い換えれば、この3日間を逃すと割り引きにならずに損をしますよ、という呼びかけです。
「100名様限定」は、100名のなかに入らないと高い買い物になってしまいますよ、という意味になります。

こうした、このチャンスを逃すと損をしてしまうという呼びかけに人間は弱い。それは、私たちに「損失回避性」があるためです。
これは、人は得をしたときの喜びよりも損をしたときのショックのほうが大きく、そのためなるべく損失を回避しようとする傾向が強いということです。
つまり「こうすると得ですよ」と訴えるよりも、「こうしないと損ですよ」と訴えたほうが消費者には有効であることがわかります。

 

「くわしくは〇〇で」が気になる理由

人は完了したことよりも、まだ完了していないことをなぜかよく覚えているものです。これは私たちの脳が中途半端なものをすっきりさせようとするため記憶が鮮明に保たれる、と考えられています。こうした現象を「ツァイガルニク効果」といいます。これは、心理学者の名前からつけられたものです。

連続ドラマや連載ものの小説や漫画が多くの人を引き込むのも、この効果が私たちに備わっているからです。つまり、あえて中途半端に中断すること、それが多くの人をひきつけるうえで有効な手段になるのです。

そのため、「ツァイガルニク効果」を狙ったアプローチはビジネスの現場でもよくおこなわれています。広告などでしばしば見かける「くわしくはWebで」というフレーズは、その一例です。消費者へのアピールポイントが5つある新商品でも、最初からそれらをすべて伝えることはしません。とくに耳目を引きそうなポイントをひとつだけCMで見せるにとどめ、「あとはWebでどうぞ」と誘導する。
こうすることで、その商品の記憶が強く刻まれるとともに、それについてもっと知りたいという欲求が生まれて、消費行動に結びつくというわけです。

 

「送料タダ」のために追加出費をする心理

「おトク」「格安」「割引」など、消費者の気持ちをくすぐるフレーズはいろいろありますが、最強なのはこれでしょう。ズバリ「無料」です。私たちにとって、タダほどありがたいものはありません。

もっとも、多くの場合、タダの向こうにサイフを開かせる仕組みが用意されており、「無料」は客集めのための餌まきにすぎません。そのぐらい、少し冷静になれば誰しもすぐに気づきそうなものですが、にもかかわらず、タダと聞けば、つい飛びついてしまうーー。これが無料の魔力です。

この「無料効果」の活用は昔からありますが、ネット社会になって一段と広まりました。たとえば、オンラインショッピングでよく見かける「1万円以上のお買い上げで送料無料」といったうたい文句に惑わされる人は多いはずです。
8000円の買い物の予定はあるから、あと2000円分何かを買えば送料はタダになるぞと、つい予定外の買い物をしてしまう......。送料は500円。それにもかかわらず、それをタダにするために2000円の追加出費をする。
なんともトンチンカンな消費行動ですが、「無料」という魔法のフレーズは、それがおかしいという感覚を麻痺させるだけの力をもっているのです。

 

「当店の人気№1」などのポップが有効なのはなぜ?

多くの人と同じ行動をとることで安心を得ようとする心理作用を「同調効果」といい、「バンドワゴン効果」ともいいます。バンドワゴンとは行列の先頭を行くマーチングバンドを乗せた車のこと。にぎやかな先頭につられて、大勢の人たちと同じ行動をしてしまうのがバンドワゴン効果です。

街を歩いていて人だかりがあると、覗きたくなるのが人情です。行列のできているラーメン屋さんに人が集まるのは、自分も評判のラーメンを味わってみたいと思うからでしょう。人だかりには人が集まる。つまり、人を集めたければ人だかりをつくればいいわけです。

そこで、人だかりをつくるきっかけが必要になります。それが店頭の呼び込みや「当店の人気No.1」といったポップ広告です。おなじみの手法ですが、ともかく人目を引いて注目してもらわないことには始まりません。
通行人の足を引き留められるかどうか、バンドワゴン効果を得られるかどうかは、まずそこにかかっています。

 

「マーボといったら...」直感に訴えるキャッチコピー

「マーボといったら丸美屋」のように「〇〇といえば××」は、キャッチコピーの定番です。そのフレーズを刷り込まれると、消費者は「〇〇といえば」と聞いただけで特定の商品やブランドを思い浮かべるようになります。

この宣伝方法の歴史は古く、江戸時代、平賀源内がうなぎ屋に頼まれて考案したという説のある「本日土用丑の日」にさかのぼります。このキャッチコピーを店頭に貼り出したところ、店はたいそう繁盛し、いつしか土用丑の日にはうなぎを食べる習慣ができたとされています。
ここで注目したいのは、このキャッチコピーによって、ひとつの習慣が生まれたこと。習慣化による需要の掘り起こしはマーケティング手法のひとつです。

最近の一例をあげれば、サントリーの黒烏龍茶がそうです。「とくに脂肪の吸収を抑える作用のあるお茶だから、脂っこい食事のときはセットでどうぞ」と訴求して成功しました。
この習慣化にひと役買っているのが、行動経済学のヒューリスティックです。あれこれ熟考して決めるのではなく、直感的・短絡的に結びつけて決めるのがヒューリスティックです。「〇〇といえば××」は、ヒューリスティックを消費者に植えつけるキャッチコピーといえるでしょう。

著者紹介

池上彰(いけがみあきら)

ジャーナリスト

1950年生まれ。慶應義塾大学卒業後、1973年にNHK入局。1994年からは11年にわたりニュース番組のキャスターとして「週刊こどもニュース」に出演。2005年よりフリーのジャーナリストとして執筆活動を続けながら、テレビ番組などでニュースをわかりやすく解説し、幅広い人気を得ている。また、5つの大学で教鞭をとる。『池上彰の未来予測 After 2040』(主婦の友社)など著書多数。

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