“管理職の罰ゲーム化”を深刻にする、上司部下の「入れ子構造」とは
2025年12月11日 公開
今、管理職として働くということが、「罰ゲーム」と化してきていると言われています。
あまり気が付かれていませんが、この管理職の「罰ゲーム化」には、放置すると負荷が上がり続ける、まるでインフレ・スパイラルのような構造が存在します。ここ10年ほどで現れたハラスメント防止法、働き方改革、テレワークの普及など、新しいトレンドの多くが、管理職の負荷を増やし続けているのです。
本稿では、労働・組織・雇用に詳しいパーソル総合研究所主席研究員 執行役員 シンクタンク本部長の小林祐児さんに、日本で管理職の「罰ゲーム化」が進む背景、組織構造について解説して頂きます。
※本稿は、小林祐児著『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)より内容を一部抜粋・編集したものです
「管理職になると、転職できなくなる」の謎
管理職になるのを嫌がっている若手と話していて、しばしば聞くのが「管理職になってしまうと、転職できなくなる」という言葉です。現場で使えるスキルが下がり、時代の変化に取り残され、市場価値が下がるーー。このように言われることが多くあります。
転職の面接で、「あなたは何ができますか?」と質問され、「部長ならできます」と答えるしかないという定番のジョークもまだまだ聞かれます。管理職になることで負荷が上がり、責任が重くなる上に、転職できなくなるのでは、「罰ゲーム」と言われても仕方ありません。
ここで理解するべきは、ニッポンの組織構造と、そこで働く管理職の「役割」の特殊さです。
日本の組織構造の特殊性
日本に限らず、世界のほとんどの会社組織の構造は、分業を重ねたピラミッド型で複数組織をつなぐ形になっています。「営業」「管理」「企画」など主たる機能ごとに部署を分け、組織の指示命令系統の下位の階層にいくに従い枝分かれしていく、いわゆる「官僚制」の組織構造です。おそらく読者の皆さんの会社の組織図も、このようになっているはずです。
日本の組織も外形的には、諸外国と同じようなピラミッド構造をしています。ですが、日本企業の指揮・指示のコミュニケーションの実態は、だいぶ様子が異なります。「管理職」というポイントに着目して、欧米的な組織コミュニケーションと比較してみましょう。
欧米的な発想で言えば、管理職とは、組織同士を個人単位でつなぐ「連結ピン」となるポジションです。
上司が持っている指示の宛先は、その下にいる「直属の部下」であって、さらにその下の階層のメンバーに対して直接指示する関係にはありません。「部長の部下」は課長であって、課長の部下である主任やメンバーに対して、部長は指示を出さない、できないということです(図表1)。これを「タテの分業」と呼びましょう。もちろん、欧米にも色々なタイプの組織が存在しますが、理念的にはこのような階層別の分業意識が強く働いています。
一方で、日本の組織を観察すると、外形的には同じ形であっても、組織と組織をつないでいる指揮・指示のコミュニケーションが「入れ子」構造になっているという特徴が見られます。「入れ子」構造とは大きな枠の中に小さな枠が何重にも重なって入っている構造です(図表2)。サイズ違いの人形が次々に出てくるマトリョーシカのようになっています。
よく指摘されるように、日本の組織の特徴は、チームで仕事を受け、作業をシェアしながら進めることにあります。フレキシブルにその都度仕事が割り振られ、メンバー同士の「ヨコの分業」意識も薄いです。「人の仕事を手伝ったらその人のジョブを奪うことになりかねない」「私の仕事はここまでだから、他の人の仕事は関係ない」といった意識は、海外では当たり前のようにありますが、日本で働く人には希薄です。長期雇用の中で柔軟にジョブを割り振り、部署横断的にPDCAを回すことで、製品やサービスの高いクオリティを可能にしてきた歴史があります。
日本企業は、こうしたメンバー間の水平的(横方向)な分業意識が低いだけでなく、管理職同士の垂直的(縦方向)な分業意識も低いのが特徴です。
部長は、「部全体」を代表し、課長はもちろん、その下のリーダー、さらにその下にいるメンバーたちをも「部下」として内包している感覚が強いのです。上位役職者が「チーム全体の代表者」として振る舞い、指示コミュニケーションを行いがちです。本来の組織構造、レポートラインとしては課長に一任すべき内容も、部長や上位の役職者が様々に口を挟み、指示していく。それによって意思決定が重層的になり、煩雑になります。
部長は課長以下全体に対して代表者のように振る舞い、部長の下の課長もまた、主任やリーダーに任せるべき仕事まで自ら行ってしまいます。役員レベルから主任レベルまで、このような「入れ子」構造が折り重なり、意思決定プロセスが重複することが、日本の組織の実態です。職場で無駄に回される稟議書も、新規事業の承認プロセスの多さも、課レベルの決定事項を後からひっくり返してくる部長も、こうした「入れ子」状のコミュニケーション構造から生まれています。
データで見る管理職の国際比較
日本企業のこうした特徴はデータ上にも表れます。図表3の国際比較では、日本の管理職は、アメリカ・中国と比べて「仕事が不明確」で「突発的な業務」が多い。チームの「こぼれ仕事の拾い役」としての役割が透けて見えます。管理職自身の意識についても日本の管理職は自分を「経営の一員である」とみるよりも、「従業員の一人である」と認識する傾向が強いこともわかっています。
また、上司の行動として多いものを順に並べたパーソル総合研究所の調査データ(図表4)でも、世界の上司の行動で全体1位に入るのは、部下の「スムーズな業務進捗への支援」です。まさに部下の仕事がうまくいくような支援的役割がマネジャーの仕事ということでしょう。
それに対して、この項目は日本では7番目と下位に沈みます。日本で上位に挙がってくるのは、「メンバーに対する平等な接し方」と「ミス発生時の十分なフォロー」です。管理職がチームの「代表」として平等に振る舞い、部下の仕事になんらか支障が生じたときのトラブル対応を担う役割であることがここにも端的に表れています。見る範囲が広い分、そのトラブル対応の範囲も広くなるわけです。