前編では、M-1連覇を支えた劇場戦略を明かした松井ケムリ氏。後編では、相方・髙比良くるま氏の過剰なお喋りに即興で返す際に必要となった「語彙力」の鍛え方と、一人喋りの技術について語ります。
※本稿は、『THE21』2025年5月号の内容を一部抜粋・再編集したものです。(取材・構成:横山由希路)
深夜ラジオと即興漫才 語彙力を伸ばした
――ケムリさんはくるまさんの過剰なお喋りに対して、即興で的確な言葉を返されています。理解の速さと脳内編集力の高さに加え、語彙が豊富な印象があるのですが、どのように習得されたのでしょうか。
ケムリ 本はそれほど読まないんですが、ラジオが好きで、ずっと聴いています。月曜日は伊集院光さん。火曜はアルコ&ピースさん、水曜はもう解散されて終わってしまったうしろシティさん、木曜日はハライチさん、金曜は霜降り明星さん、土曜日はオードリーさんと、1週間聞きっぱなしです。英語学習でネイティブと同じ速度で音読すると身につくのと同じで、喋り言葉を耳から聴いたほうが、語彙力が向上すると僕は思います。
ラジオ以外だと、芸歴2年目の2019年に、ほとんどネタ合わせをせずに漫才をしていたことで、語彙力が鍛えられました。
――出番の前に2人で雑談をして、そのまま舞台で漫才にするということですか?
ケムリ そうですそうです。他の芸人さんたちはある程度完成されたネタを披露していましたが、僕らは当時からアドリブ要素が強い、多分に遊びのあるネタばかりやっていました。だからそれで語彙力は鍛えられましたね。
あと、当時は月ごとにネタのテーマを決めていたんですよ。テーマが「夏」なら1週目は海のネタ、2週目はバーベキュー、みたいに。そうして1カ月経ったあと、ネタが4本たまったらそれぞれウケた部分を残して、「夏」をテーマにした強いネタが一つできると。
――1週間ごとにネタをつくるなんて、とんでもなく大変ではないですか?
ケムリ 大変なんですけど、くるまがお笑いにどこまでも貪欲ですから、それに食らいついていかないと。彼はネタにストイックだし、平場でもひたすら話し続けるし。隣にいる相手にあんな一方的にまくし立てられるの、もはや新手のハラスメントですよ(笑)。
でも、人が実力以上に伸びていくには、自分の身を負荷のある厳しい環境に置かないとダメなんでしょうね。ネタだけではなく、例えば一人喋りも同じだなって、身に沁みています。
活動自粛で見えた「一人喋り」の価値
――一人喋りの重要性は、いつ頃から感じていたんですか?
ケムリ くるまの活動自粛からです。コンビで活動していたときのラジオは、くるまが喋ったことに僕がツッコミを入れていたんですけど、一人の場合は、自分で喋って自分でオチをつけないといけない。準備ゼロじゃ臨めないし、これまでとまったく違うアプローチで仕事ができているから、僕は今、やりがいを感じていて、すごく楽しいです。今後くるまが復帰しても、一人で話す場がコンビと別であると嬉しいですね。
――25年2月現在、自粛中のくるまさんは、考察力、メタ認知、課題設定能力、世の中を良くしたいという熱い思いなどが個人の強みのように感じます。ケムリさんご自身の強みとなると、どのような部分を思い浮かべますか?
ケムリ 強みは「少人数でのお喋り」です。もともとラジオ好きなのもありますし、元卓球部で少人数の球技しかやったことがないからなのかもしれません。
大人数のお喋りができる芸人さんを見ると、「野球部に入っていたから、あんなに大勢の人たちと話せるのかな?」って思っちゃう(笑)。自分が苦手なことだから、逆説的にそう思ってしまうのかもしれないですけど。あと、大人数の会話を聴いていると、個人的に「あまりリアリティがないな」と感じてしまうからかもしれません。だから、得意な2~3人ぐらいのお喋りを伸ばしたいです。
あとは、すべての仕事は学生時代のテスト感覚で、言われたことを全部やって、きちんと準備して臨むこと。僕はどこまで行っても、本当に「優秀な学生」そのものなんですよ。