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社会

「木を切ってはいけない」は思い込み 江戸時代に学ぶべき森林整理の知恵

瀧口友里奈(経済キャスター)

2026年01月26日 公開

「森林は保護すべきものであり、木を伐採してはならない」──そのような印象を漠然と抱いている人は少なくないだろう。しかし専門家によれば、適切な管理のもとでの伐採は、必ずしも森林破壊を意味しないと指摘されている。本稿では、経済キャスターの瀧口友里奈氏による書籍『東大教授の超未来予測』より解説する。

※本稿は、瀧口友里奈著『東大教授の超未来予測』(日経BP)より内容を一部抜粋・編集したものです

 

【本稿に登場する東大教授たち】

●五十嵐圭日子(いがらし・きよひこ)

東京大学大学院農学生命科学研究科 教授。
[研究分野]バイオマス生物工学、木質科学

●小熊久美子(おぐま・くみこ)

東京大学大学院工学系研究科 教授。
[研究分野]環境工学、水処理学、水供給システム

●江崎浩(えさき・ひろし)

東京大学大学院情報理工学系研究科 教授。
[研究分野]情報通信工学

●加藤真平(かとう・しんぺい)

東京大学大学院工学系研究科特任准教授/ティアフォー代表取締役CEO。
[研究分野]ソフトウエア、情報ネットワーク、計算機システム

 

日本の山はほぼ二酸化炭素を吸わない域に来ている

【瀧口】森林や木は大切にして切らないほうがいいというイメージがあるんですが、その逆ですか。

【五十嵐】そうです。高度経済成長のときに植えた日本の木は今だいたい40〜50歳ぐらいで、私たちが「伐採期」と呼んでいるタイミングに入っています。木は二酸化炭素を吸って自分の体をつくっているのですが私たちと同じく、ある一定以上になると育たなくなります。

そうすると何が起こるかというと、二酸化炭素を吸う量と吐く量がほとんど同じになるんですね。そういう木はきちんと切って、最初は燃やさない形でいろんなところに使っていくことが重要になります。その次に木を切った場所に植林をしないといけなくなるので、今度は何を植えるのかという話になります。今のタイミングでは、日本の山はほぼ二酸化炭素を吸わない域まで来ています。切って若い木を植える、切って若い木を植える、というのをやっていかないといけないんです。

「切ってはいけない」という論理は生態系を守るためにすごく重要です。木を切ると、そこに住んでいる生き物がどんどん消えてしまう。それはその通りなんですが、切らないで置いておくと二酸化炭素を吸ってくれない。それでどうするか。今推奨されているのは、「択伐」といって古い木だけを選んで切って、そこにまた同じような新しい木を植えていくんです。

その辺に生えている木を全部切ってしまう「皆伐」という切り方は効率が良くて安く切れる。

けれども、それをやると、山として一気に死んでしまい、生き物もそこからいなくなる。水が保てなくなって地滑りが起こる。これからはなるべく保水力と生態系を守りながら古い木を切って新しい木を植えていかないといけないと思います。

【加藤】生活に身近な上に超重要な話です。実際に森林を伐採している人たちはこれを分かった上でやっているのか。そこまでまだ知られていないのか。

【五十嵐】ここですごく難しいのが地権者の問題です。昔は1つ大きな家が山を持っていて、持ち主が亡くなると、兄弟分だけ遺産分割をし、ケーキのように山を上から縦に切っていた。次に、そこの家でまた分割して、というのを繰り返し、4分の1、8分の1、16分の1へと山が短冊型になっていきます。そこに生えている木を売ってお金をもらおうと思うと、短冊型に切ることになります。

山はどちらかというと、高さで植生が決まってくるので、縦に切るのは山の成り立ちに合っていない。本当は横一面、つまり、リング状に同じ樹齢の木を切りたいけれど、地権者が全員違うのでそれができない状態です。

【瀧口】所有者の分割は、本当はリング型に所有したほうがいいと?

【五十嵐】そうなんですが、それも難しいですよね。「俺は高い所かよ」みたいな話になってしまう。そういう社会的な問題が今の山の問題になっています。今、崩れる山も基本的に短冊型に崩れる形になっていて、すごく問題だと思います。

【江崎】そうですよね。短冊型でかつ廃棄物置場になっています。江戸時代に、それこそ森林整理をやったんですよ。それは洪水が起こらないようにする治水のためと、樹齢をコントロールするため。杉の木がいっぱいあるのはそういう理由ですよね。江戸時代には戦略的に木をどう植えて次の世代につなげていくかを実践していたんですが、いつの間にかそれがなくなっています。

【瀧口】江戸時代のほうがその知恵があったんでしょうか。

【江崎】たぶん経験的に、でしょうね。

【加藤】当時は、土地の所有があまり複雑じゃなかったのかもしれません。

【江崎】もう1つは、木という資源がとても貴重で建築用に必要な木材だった。木がなくなると困るし、ちゃんと再生可能なスピードで管理することを江戸時代の人たちは考えていたんでしょう。

【五十嵐】そうです。

【小熊】まさにその点は大事だなと思いながらお話を伺っていました。木を切らなきゃいけないのは分かったとして「誰が切るんだ」問題があると思うんです。そのときに林業という産業の衰退ぶりは本当に憂うべき事態です。一次産業全体が軒並みそういう雰囲気に見えるんですが、これは国力の根幹に関わる、とっても大きな問題だと思います。

 

使い方は「もったいない」起点で考える

【五十嵐】私は仕事で北欧に行くことが多いんですが、スウェーデンでは土地を持っていることとその上に生えている木に関する権利が違うんです。

日本の場合は土地を持っていると所有者はそこの上に生えている木を勝手に切れるじゃないですか。スウェーデンの場合、土地を持っていても国が「ここを切る」というのを決めて全部管理しているんです。

なぜかというと、その土地の上にあるものが気候とか生態系を決めるからです。もちろん、その土地に生えていた木を切った場合には土地の所有者にお金が入る仕組みになっています。

日本もそれに近いことをやったほうがいいと思います。というのも「この土地は俺のものだから、どれだけ切っても構わない」となってしまうと、下流や山の下の場所で土砂崩れが起こったり生態系が崩れて本来いるべき生き物が全部いなくなったりするので。

人間の生活と自然の成り行きをきれいに合わせていくことが、これから出てくる話だという気がします。

【瀧口】北欧ではなぜ当たり前のようにそういう森林管理ができていたんですか。それは科学者の知見によるものですか。

【五十嵐】すごく面白いのが、この手のものは「それしかなかった」という理由で動いていることが多いんですよね。フィンランドにしてもスウェーデンにしても「自分たちが持っているものがそもそも森林しかない。その森林をいかに持続的に動かすかは、当たり前のごとく考えなければいけない」。そう彼らはよく言いますね。

私は江戸時代のバイオエコノミーの映画の監修をしたことがあります。阪本順治監督、原田満生プロデューサーの「せかいのおきく(※1)」(2023年)という映画で、江戸時代の汚穢屋でうんちやおしっこを集める若者たちの話です。

その映画でも出てきたように、なぜ江戸時代にはそれほど循環型社会がうまく動いていたのか。それはまず日本という国自体が鎖国をしていたので、資源が完全にクローズドで、この中で生きなければならなかった。さらに言うと、みんな貧乏だったんです。

たとえば紙自体がすごく高価だったので、紙くずを捨てるのはもったいないから何かに変える。肥料もどこかから買ってくるとすごく高いから、肥だめからすくって畑に持っていくほうがいい。そういう「仕方がなくて」とか「もったいなくて」というのがドライビングフォース(原動力)になっているんですよ。

これから地球がダメになるという話があり先ほども電気の話が出てきましたが電気はたぶん無尽蔵ではないので、どこにどれだけ使うかとみんなが考えないといけない時代になっていきます。

これから地球がダメになるという話があり、電気もたぶん無尽蔵ではないので、どこにどれだけ使うかとみんなが考えないといけない時代になっていきます。

水も同じですよね。何をどこに使うのかを考えるタイミングになってくると、みんなが「もったいない」と言って少しずつ利用の仕方も変わってくる気がしています。

【瀧口】とっくにそのタイミングになっている可能性があるけれども、それが認知されているかどうか。

【五十嵐】それが問題だと思います。

 

(※1)せかいのおきく:2023年公開の日本の青春映画。江戸時代、声を失った娘おきくが貧しい暮らしの中で人間関係や愛情を育みながら生き抜いていく姿を描いている。

 

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