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「農家減少は危機」は嘘...大量離農が日本の農業を救うチャンスである理由

山口亮子(ジャーナリスト)

2025年12月04日 公開

「農家の高齢化」「後継者不足」「広がる耕作放棄地」――。 日本の農業をめぐる課題は、ニュースやSNSで頻繁に取り上げられています。しかし、それらは本当に"危機"と言えるのでしょうか?

本稿では、ジャーナリスト・山口亮子さんの著書『農業ビジネス』をもとに、"大量離農が好機になり得る理由"について解説します。

※本稿は、山口亮子著『農業ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

「農家と農地が減って日本は大変なことになる」

こうした危機感を煽る文句に特に若手農家は辟易しています。

「農業の悲観論は皆、聞き飽きています。むしろ今はチャンスに溢れた時代だということを話してください」

ある若手農家のグループから講演の依頼を受けた時、代表である40代の農家にこう言われました。農業の危機を強調する講演は耳にタコができるほど聞いてきたので、むしろ農業の伸びしろや経営の役に立つ話をしてほしいというのです。

あらゆる物事には二面性があります。農家が減る――。このことを前向きに捉えると、農家は商売敵が減って儲かりやすくなるということです。

ある若手農家は起業したくて農業に参入し、法人を立ち上げて経営規模を広げ続けています。実家が農家ではない「非農家」出身で、「農家が減っているから農業を始めた」と言います。プレーヤーが減る農業は、彼の眼にはブルーオーシャンと映ったのです。

農家の減少を後ろ向きに捉えると、これまで通りに補助金が獲得できなくなるうえ、保守政党にとっての大切な票田が失われるということになります。また、農業界のガリバーと言えるJAグループには、規模の小さい農家ほど出荷し、大きい農家ほど出荷しなくなる傾向があります。

ですから、農家が減ることは農水省と自民党の農水族、JAという、かつて「鉄のトライアングル」とか「鉄の三角同盟」と呼ばれた人々にとって望ましくありません。

「農業が大変」ということにしておけば、農水省や農水族は予算を削りたい財務省を説き伏せることができます。メディアにとっては、危機を叫ぶほうが視聴率やレビューを稼げます。農業の悲観論は、感情的なようで極めて実利的なものなのです。

 

大量離農は好機である

農業が儲からないというのは、一面では事実です。農家の手元に残る所得がいくらか、ご存じでしょうか。農家の世帯員1人当たりの農業所得は長年、年間400万円を下回っています。これを時給に換算したら、最低賃金に届きません。

なぜこんなことが成り立つかというと、農家が年金や兼業先の会社の給料といった農業の外で得た金を、儲からない農業につぎ込むからです。農業以外の所得も加えると、農家は平均的な日本人より多くの所得があります。

日本の農業の特徴は、零細で儲からない農家がひしめき合っていることです。農家の数を減らす必要があると戦後ずっと言われ続けてきたのですが、長年変わらないままでした。結果として、農業の生産性はほかの産業より低くなっています。

農業版の国勢調査に当たるのが、5年に一度実施される全国的な調査「農林業センサス」です。本稿の執筆時点では最新の、2020年版センサスによると、販売金額が100万円以下の農家は数としては5割強もいるのに、農産物の全販売金額に占める割合は5%を下回っています。つまり、零細農家が離農しても、日本の食と農は供給という点では揺るがないのです。

近年は物価高や人件費の上昇で経費がかさみ、所得が減ったり赤字が増えたりして、零細農家の経営はいよいよ厳しくなっています。

農家の平均年齢は上がり続け、2022年に68.4歳に達しました。統計でみると、70歳を超えた農家は一斉に引退します。「大量離農時代」はすでに始まっていて、今後は離農に拍車がかかります。

高齢の零細農家の引退は、報道で言われるほど悪いことではありません。意欲と能力のある農家のもとに農地が集まっていくからです。規模を大きくして、効率のいい農業を営むということを、日本の農政は長らく掲げながらも実現できていませんでした。現在の大量離農は、農業の生産性を上げるという諸先輩がやり残した宿題をやり遂げるチャンスといえます。

零細農家が引退し、農地がより大きな農家のもとに集まる「構造変動」は、実は歓迎すべきものなのです。無理強いしなくても離農が進む現状は、この理想を実現するチャンスにほかなりません。

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