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生き方

前向きになれないのは意志の弱さじゃない 同じ不安に戻る心の仕組み

武末有希子(「そとがわメソッド」開発・講師)

2026年02月16日 公開

「前向きになろう」と思っても、気づけばまた同じ不安や自己否定に戻ってしまう――。そんな経験を繰り返し、「自分は変われないのでは」と感じている人は少なくありません。「そとがわメソッド」を開発した武末有希子さん自身も、何を試しても変われなかった一人だといいます。

実はこの現象は、意志の弱さや性格の問題ではなく、人の心に備わった"自然な仕組"”によるもの。本稿では、私たちが無意識に同じ思考に引き戻されてしまう理由と、「現実の見え方」が変わる仕組みをひも解きます。

※本稿は、武末有希子著『自分を否定しない練習』(インプレス)より、一部抜粋・編集したものです。

 

「現実」は絶対的なものではない

私たちは、目の前に広がる世界を当然のように「現実」だと受け止めています。朝、目を覚ましてカーテンを開ければ光が差し込み、スマホには通知が並びます。今日やるべき仕事や家事があり、家族や友人との会話が1日を形づくります。これらすべてを、私たちは疑いなく「現実」と呼びます。

けれども、不思議なことがあります。同じ場面を共有しているはずなのに、人によって体験は大きく異なります。出来事は一つでも、そこから立ち上がる「現実」は人の数だけ変わるのです。

たとえば職場で上司に声をかけられたときの受け取り方は、次のように分かれます。

・「怒られてしまった」と感じ、胸が重くなる人
・「期待されている」と解釈し、やる気が湧いてくる人

友人と一緒に過ごしているときの沈黙も同様です。

・「嫌われたのかもしれない」と不安になる人
・「安心できる関係だからこそ沈黙も心地よい」と受け止め、静けさを楽しむ人

出来事は同じなのに、心に映る「現実」はまったく違います。これは日常のあらゆる場面で繰り返し起きています。

もし「絶対的な現実」があるなら、誰もが同じように体験し、同じように解釈するはずです。上司のひとことに対して全員が同じ感情を抱き、友人の沈黙にも同じ意味を見いだすでしょう。ところが実際には、私たちはいつも違う「現実」を見ています。つまり、私たちが「現実」と呼んでいるものは、外の世界そのものではなく、心が再構成した像なのです。

この違いを生み出しているのが「心のフィルター」です。人は誰しも、無意識のうちにフィルター越しに物事を見ています。フィルターは次の要素から形づくられます。

・これまでの経験
・大切にしている価値観
・育った環境や文化的背景
・「自分はこういう人間だ」という自己イメージ

このフィルターは、色のついたメガネのようなものです。青いレンズを通せば景色は青みがかり、赤いレンズなら赤く見えます。景色自体が変わるわけではありませんが、見え方は大きく変わります。同じように、私たちの心のフィルターが、喜びにも不安にも現実を染め上げます。

フィルターの数だけ「私にとっての現実」が存在する、と考えると、自分の体験が揺らぐ理由や、人とのすれ違いが少し自然に感じられるはずです。

【あなたへの問いかけ】

ここで少し立ち止まり、最近の出来事を思い出してみてください。 自分と相手の受け取り方が、まったく違っていた場面はありませんでしたか。そこに「どちらが正しい」という一つの正解はあったのでしょうか。それとも「どちらもその人の現実」だったのでしょうか。

現実は、ただ外に用意されているものではありません。心が意味づけを与えてはじめて、「私にとっての現実」として立ち上がります。この事実を理解することが、「心の仕組みを知る」ための最初の入り口になります。

 

五感から脳へ。現実はこうしてつくられる

私たちが「現実」と呼んでいる体験は、外の世界がそのまま意識に映し出されているわけではありません。その入り口となるのは五感です。視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚という5つのセンサーを通じて、外界から膨大な情報が体内に流れ込んできます。

たとえば朝の通勤を思い浮かべてみてください。 目には車や建物の形が飛び込み、耳には電車のアナウンスや人々の話し声が届きます。鼻はパン屋から漂う香りをとらえ、肌は冷たい空気やバッグの持ち手の感触を覚え、口に含んだコーヒーは苦味と温かさを伝えます。こうした刺激が、一瞬のうちに押し寄せてくるのです。

しかし、この情報がそのまま「現実」として意識に届くわけではありません。実際には、次のような段階を経て「現実体験」として再構成されます。

【現実ができるまでの流れ】

①情報を取得する
光や音、匂い、触感、味覚といった外界の刺激を五感のセンサーがキャッチします。これはカメラのレンズやマイクのように、ただ「データ」を取り込んでいる段階です。

②電気信号に変換する
視覚や聴覚のデータは神経を通じて脳に送られます。このときの情報はまだ単なる電気信号であり、意味も感情も伴いません。いわば「暗号化された生データ」の状態です。

③脳が処理する
脳は受け取った断片的なデータを、過去の経験や記憶を参照しながら再構成します。曖昧な部分は自動的に補われ、見ていない部分でさえ「こうだろう」と推測して映像や音をつくり上げてしまいます。たとえば人混みで知り合いを見つけたと思ったら別人だった、という経験は脳が勝手に補正をかけている証拠です。

④自分像を通して意味づける
最後に「私はこういう人間だ」という自己イメージや信念を通じて体験が意味づけられます。沈黙を「嫌われたのかも」と不安に解釈する人もいれば、「安心できる関係だから心地よい」と感じる人もいる。出来事が「現実体験」となる瞬間に、必ず「自分というフィルター」が作用しているのです。

 

編集された「現実」

ここで大切なのは、脳が流れ込む情報をすべて処理しているわけではない、という点です。膨大すぎるデータをそのまま受け取れば、脳は一瞬で処理しきれなくなります。

そこで脳は「これは大事」「これは不要」と瞬時に取捨選択を行い、必要と判断したものだけを強調し、残りは切り捨ててしまいます。

つまり、私たちが体験している「現実」は、すでに編集された世界です。カットされ、補正され、意味づけられた結果として、私たちは「これが現実だ」と信じています。

この「現実画面」は、あくまで人間の脳の処理によってつくられたものです。私たちは脳を通さずに現実を見たことは一度もありません。科学的な知見でさえ、人間の脳が共通の処理をしているという前提のもとに成り立っています。「脳を通さない現実」とは想像すらできないものなのです。この視点に立つと、「現実」という言葉の奥行きがより鮮明に見えてくるのではないでしょうか。

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