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土方歳三・斎藤一と 「母成峠の戦い」

菊池明(幕末維新史研究家/新選組検定監修者)

2013年05月24日 公開 2024年12月16日 更新

斎藤一の「誠義」は、いつの発言だったのか

 会津戦争中の山口次郎こと斎藤一の言葉に「ひとたび会津(へ)来たりたれば、今、落城せんとするを見て志を捨て去る、誠義にあらず」(『谷口四郎兵衛日記』)というものがある。

 新選組を含めた旧幕軍が会津を去ろうとしたときに、それは「誠義」に反する行為であると主張したのだという。

 8月21日の母成峠の戦いに敗れた大鳥圭介率いる旧幕軍は、越後口から転進してきた古屋佐久左衛門の衝鋒隊と合流し、城下北方の越後津川口より進撃する新政府軍と戦っていた。

 大鳥の『南柯紀行』の9月7日の項に、兵糧も弾薬も乏しくなったため古屋と話し合い、「しからば、これより猪苗代に出て二本松を恢復し、仙(台)兵の援助の道を開くを勝れり」と、落城した二本松を新政府軍より奪還し、仙台藩兵の会津救援の道を開くため、会津を去ることに決したとの記述がある。

 この状況こそ、斎藤が「誠義」を論じるに相応しい。

 しかし、このとき斎藤は旧幕軍との接点を失っていた。

 9月4日、斎藤は隊士と歩兵20数人を率いて、新選組本隊を離れて如来堂村(神指町如来堂)へ転陣する。翌5日、彼らは城下より北上中の新政府軍の攻撃を受け、ほとんど抵抗もできないままに散乱するのだった。その後、斎藤は高田村(会津美里町)に滞陣する会津藩兵に合流し、やがて若松城が開城すると、会津藩兵とともに降伏したのは周知の事実である。

 つまり、9月7日に斎藤が大鳥や古屋に向かって「誠義」を発言することは不可能なのである。

 では、「誠義」を守るために如来堂村に出陣したのかというと、これも違う。

 衝鋒隊は猪苗代が新政府軍に突破されたことを知り、8月25日に高久村(会津若松市神指町高久)へ転進していた。以後、衝鋒隊は付近に布陣しているのだが、高久村から直線距離で4キロ弱の如来堂村の守備も行っていた。

 9月4日、喜多方西方の木曽口(喜多方市山都町)を破った新政府軍は小荒井村(喜多方市押切東)に進撃し、会津藩は衝鋒隊に援軍派遣を求める。『七年史』は「三日」と誤認しながらも、「この日、衝鋒隊は如来堂を発し、(中略)小荒井に赴く」と記録するように、如来堂を守っていた衝鋒隊は、会津藩の要請に応えて小荒井へ出陣したのである。

 これによって如来堂村付近は手薄となり、それを補うために「当隊より応援として一小隊操(繰)り出す」(『中島登覚書』)ことになった。この「一小隊」が斎藤たちなのである。

 つまり、如来堂村の衝鋒隊は会津藩の要請に応じ、斎藤はその補完部隊を率いて出陣したのであって、衝鋒隊が会津藩を見捨てようとしたのではないのだ。そこに「誠義」が入り込む余地はない。

 したがって、「誠義」の発言は如来堂村への出陣のときのものでもなかったのである。

 では、いつのことだったのだろうか。

 母成峠から敗走した大鳥は23日に桧原村(耶麻郡北塩原村)に宿泊し、26日に塩川村(喜多方市塩川町)へ移っている。一方、新選組も23日には「米沢口塩川に陣す」(『島田魁日記』)とあるように、城下を避けて塩川村へ移動していた。

 すでに大鳥は母成峠敗走後の24日、「余(大鳥)、諸隊長と謀りて曰く、今、若松の危急を棄てて救わざるは不義なり」(『南柯紀行』)との姿勢を示したが、敗走の身であって弾薬も食料も乏しく、戦場へ向かうことは難しい。そこで、奥羽越列藩同盟軍の米沢藩の協力を得ることを提案し、諸隊長に了承されたとしている。

 しかし、のちに合流する衝鋒隊の今井信郎は、自著『北国戦争概略衝鉾隊之記』で「将軍山(母成峠)の敗により会(津)藩、伝習隊を疑い、互いに不快を生じ議論合わず。(中略)弾薬、兵糧を運漕(送)の人夫を断り一人を(も)送らず」と、母成峠の戦い以後、会津藩は旧幕軍の戦意を疑い、彼らへの協力を拒んだと記述している。

 そのような姿勢であれば、諸隊長より会津からの撤退が訴えられても不思議ではない。

 26日に塩川村で新選組と合流した大鳥は、今後の方針について「諸隊長と謀り……」というのであるから、斎藤に意見を求めた可能性は否定できない。

 ならば、このときこそ斎藤は「今、落城せんとするを見て志を捨て去る、誠義にあらず」と発言したのではないだろうか。

 

菊地 ​明(きくち・あきら)
幕末維新史研究家。1951年、東京生まれ。日本大学芸術学部卒。幕末維新史研究家。新選組検定運営事務局主催の「新選組検定」(第1回~第3回)の監修を担当。著書に、『新選組全史 上・中・下巻』『沖田総司伝私記』『京都守護職日誌全5巻』『新選組十番線長 原田左之助』(以上、新人物往来社)、『土方歳三日記 上・下巻』(ちくま学芸文庫)、『新選組の新常識』(集英社新書)、『真説岡田以蔵』(学研M文庫)、『新選姐の真実』『追跡! 坂本龍馬』『新選組 組長・斎藤一』(以上、PHPエディターズ・グループ)など多数がある。

 

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