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AIが人間を超えてもなぜ将棋は面白いのか? 谷川浩司が語る「人間が指す意味」

谷川浩司(棋士)

2026年09月28日 公開

AIが人間を超えたとき、棋士が将棋を指す意味は失われてしまうのか――。
将棋界は、他の分野に先駆けてこの問いと向き合ってきました。しかし、AIの進化は人間の将棋を過去のものにするどころか、評価値によって観戦の間口を広げ、棋士の迷いや決断、逆転のドラマをより鮮明にしました。

谷川浩司十七世名人が、電王戦から現在のAI研究までを振り返りながら、AIが変えた将棋の学び方と楽しみ方、そして「最善手」がわかる時代だからこそ際立つ、人間同士が戦うことの価値を考えます。

※本稿は、谷川浩司著『名人論 稀代の天才たちはいかに戦ったか 』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

AIと名人

将棋界にとって、AIの登場は大きな転換点であった。それは単純に「人間が機械に負けた」という出来事ではない。将棋というゲームの見え方、学び方、観戦の仕方、そして名人という存在の意味までをも変えた出来事であった。

この問題を考える時、まず思い出すのはチェス界の歴史である。1997年5月、チェス世界王者ガルリ・カスパロフは、IBMのスーパーコンピューター「ディープ・ブルー」に敗れた。現役世界王者が公式条件下でコンピューターに負けた初めての歴史的事件である。

その場を去るカスパロフの姿は、どこか憮然としていた。しかも彼は敗北を容易には認めなかった。後に「人間の介入があったのではないか」と疑念を語り、「人間の直観は一瞬で1億の局面を読む」と、人間の思考の価値を必死に主張していた。

今になって思えば、カスパロフの戸惑いは理解できる。当時はまだ「機械が深く思考し、人間を超える」という実感は社会になかった。さらに重要なのは、もし機械が世界王者を超えるなら、王者という存在の価値そのものが揺らぐのではないかという恐れである。

将棋界もまた、同じ問いに直面することになる。「AIが人間を超えた時、人間の将棋の価値はどこに残るのか」─これは将棋界にとって、かなり根の深い問いであった。

もっとも、当初は将棋の方がチェスより長く人間優位が続くと考えられていた。
チェスは駒を取れば盤上から消えるが、将棋は持ち駒として再利用できる。この違いは決定的で、あり得る局面数はチェスの10の120乗に対し、将棋は10の220乗ともいわれる。ゼロが100個違う、文字通り天文学的な差である。

そのため、将棋ではトップ棋士がコンピューターに負ける日は遠いと思われていた。実際、21世紀初頭の将棋ソフトはアマチュア有段者程度の実力に過ぎなかった。しかし状況は急変する。探索速度の向上、評価関数の洗練、そして何より「ディープラーニング」の登場である。

それまでの将棋ソフトは、人間が細かな評価基準を教え込んでいた。しかしディープラーニングでは違う。ソフト自身が膨大な棋譜を学び、勝敗を分析し、自ら強くなっていく。人間が「考え方」を教える時代から、AIが自分で「学ぶ」時代へ変わったのである。

その変化を社会に印象づけたのが、2012年から始まった「電王戦」であった。
第1回では、引退後の米長邦雄永世棋聖がコンピューターと対戦した。米長先生は定跡外の戦法で奮戦したが、敗れた。翌2013年、第2回電王戦では現役棋士5人がソフトと戦い、結果は1勝3敗1持将棋。ついに、盤上勝負で現役棋士がコンピューターに敗れたのである。2014年もプロ側は敗北した。

もっとも、2015年には事前に対戦するソフトを貸し出すことで棋士側も相手を研究できるようになり、プロ側が勝ち越した。しかし、それは一時的な抵抗であった。ソフトの進化速度は人間の想像を超えていた。

決定的だったのは2017年である。当時の佐藤天彦名人と将棋ソフト「Ponanza」との二番勝負が行われ、結果はPonanzaの2連勝だった。しかも相手は名人なのである。
名人とは、長い歴史の中で最も強い棋士に与えられる称号であり、将棋界の頂点である。その名人が完敗したという事実は、「人間の方が強い時代」の終わりを意味していた。

ここまで来ると、もはや「人間がAIに勝てるか」が問題ではなくなった。問題はむしろ、「AIに勝てなくなった後、人間の将棋をどう見るか」であった。
当初、将棋界には悲観論もあった。人間がAIに負けるのなら、将棋人気は衰えるのではないか。AIが最善手がわかるなら、人間同士の勝負に価値はなくなるのではないか。

だが、結果は逆であった。むしろ将棋人気は高まったのである。その最大の理由は、AIによる「評価値」の導入であった。

現在の将棋中継では、局面ごとに「どちらが何パーセント有利か」がリアルタイムで示される。さらに最善手候補まで表示される。
以前なら、終盤でも「どちらが良いか」は高段者にしかわからなかった。解説者ですら、「もう勝負は決まった」と断言することには慎重であった。しかしAIは、その曖昧さを数値化した。これにより、将棋を詳しく知らない人でも観戦が楽しめるようになった。一手で評価値が急落すれば、「何か大きな失敗があった」と直感的にわかる。

たとえば終盤で99パーセント優勢だった局面が、一手で逆転することもある。視聴者は評価値を見ながら、棋士の苦悩や焦り、逆転の瞬間を共有する。
藤井聡太五冠(当時)が渡辺明棋王に挑戦した2023年の第48期棋王戦第三局は名局だったが双方1分将棋の中、藤井さんとしては本当に珍しく11手の即詰みを逃して敗れた。評価値は大逆転し、藤井さんの「はあぁー」という深いため息がマイクに乗った。

駒の並べ方がわかるぐらいのアマチュアの方にも、「藤井さんが何か重大なミスを犯した」ことは伝わる。これは対局者にとっては残酷なことでもあるが、同時に、人間の将棋の魅力を際立たせてもいる。スポーツの世界などでは、逆転負けで消沈しているチームの表情をこれでもかというほど中継画像は映し出す。それを見た視聴者は、悔しさを深く共有する。将棋にもそういう対局者の感情を共有する時代がようやく訪れたことを、むしろ歓迎すべきなのだろう。

 

理解不能になったAI同士の将棋

AI同士の将棋は、もはや人間が理解できない領域に入っている。一見意味不明な手、流れを無視したような指し方、盤面の反対側へ突然飛ぶような発想。
プロが見ても善悪がわからない局面が増えている。率直に言えば、AI同士の将棋は深すぎて楽しめない。

しかし、人間同士の将棋は違う。失敗がある。迷いがある。感情の揺れがある。長考、ため息、決断、逆転─。観戦する側は、棋士の人間性も含めて勝負を見ているのである。だからこそ、AIが最善手を示せるようになっても、人間の将棋は価値を失わなかった。むしろ、「完全ではない人間」が戦うからこそ面白い、ということが明確になったのである。

今やトップ棋士の研究にAIは不可欠である。若い棋士ほどAIを自在に使いこなし、新手や定跡研究を進めている。指定局面から何十局もAI同士を戦わせ、結果を分析することも珍しくない。
一方で、私は今でも盤に駒を並べる。画面を見るだけではわからない感覚が、盤上にはあるからだ。

AIの示す手は、あくまでAI同士が最善を尽くす世界の結論である。人間にとって本当に指せる手かどうかは別問題である。だから結局、自分で考え、自分の将棋観と照らし合わせる必要がある。AIの答えを鵜吞みにするのではなく、自分なりに咀嚼する。その過程こそ、人間の研究なのである。
AIは最善手を示せる。しかし、その場で決断し、責任を負うのは人間である。勝負の重圧の中で迷い、それでも次の一手を指す。その結果に責任を持つ。

将棋界は、他の分野より少し早くAI時代を経験した。その経験が示しているのは、AIが人間を超えても、人間の営みが消えるわけではないということである。むしろ逆かもしれない。AIが強くなるほど、人間が考え、迷い、失敗し、立ち上がることの意味が、以前よりくっきり見えるようになった。

著者紹介

谷川浩司(たにがわ・こうじ)

棋士 十七世名人

1962年生まれ。神戸市出身。
5歳で将棋を覚える。73年4月、5級で若松政和八段に入門。76年12月、四段。82年八段。83年6月、加藤一二三名人を4勝2敗で破り、史上最年少(当時)の21歳2カ月で名人位を獲得。84年、九段。97年、羽生善治名人を4勝2敗で破り、2度目の復位。通算5期で十七世名人の資格を得る。2002年7月、公式戦通算1000勝。25年1月、公式戦通算1400勝を達成。竜王4、名人5など、タイトル獲得数は計27。棋戦優勝は22。12年12月より17年1月まで、日本将棋連盟会長。14年、紫綬褒章受章。

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