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AIに勝てない時代、人の価値とは? 初タイトル獲得時の一力遼が示した答え

田中章(共同通信客員論説委員)

2026年04月25日 公開

多くの名勝負を制し、囲碁界を席巻した一力遼(いちりき りょう)五冠。今回は、初のタイトル獲得となった、第45期碁聖戦の最終局を振り返るとともに、その後に寄稿した記事「進化するAIと囲碁」を紹介する。

※本稿は、田中章著『二刀流の棋士 一力遼』(日本棋院)より一部抜粋・編集したものです。

 

入段10年で悲願の初タイトル

第2局から11日後の8月14日、東京都千代田区の「日本棋院東京本院」で第3局が打たれた。羽根の黒番。黒は右上と右下、左下の3カ所で地を取り、白は勢力、とこれまでの2局と同じ形で進行する。午前中に46手まで進み、AIの評価は互角だ。

昼食休憩1時間の後、午後に入って白は上辺を固め、地を広げる。黒は上辺から中央に石を運ぶが、まだ大きな戦いは起きない。じりじりした時間が続き、互いに秒読みになる。そこで羽根が満を持して左辺の白に襲いかかった。白のシノギ勝負になる。

局面図の黒1の出が問題だった。白2に石が来たことでダメがつまる形になり、白4のツケから白6のハネが手になった。白10を見て羽根が投了した。160手で白番中押し勝ち。

黒1で単に参考図の黒1と打つと、やはり白2とツケて白6まで生きている。この後、ヨセ勝負だが、白がわずかに残っているという。実戦のように白aがあれば、同じように打つと白6では当然、白b切りとなる。この図の形を前提に実戦では白6のハネが手になった。

この日が44歳の誕生日だった羽根、1年で碁聖を返上する無念の1日となった。「気づいたときには苦しい形勢で、中盤までの進行がおかしかったのかなと。今の力は出し切れたと思う。それでも足りなかったということです」。「貴公子」と形容される紳士の羽根らしい潔い敗戦の弁だった。

一力は開口一番に「入段して10年、やっとという感じでホッとしています」。実感がこもっていた。これまで5回、挑戦したタイトル戦で悔し涙を流した背景がある。

対局室は大勢の報道陣が詰めかけている。碁聖奪取の興奮から少し冷静になって「序盤から前例のない進行で判断が難しく、形勢も分かっていなかった。最後、生きることができて少し残るかと思いました」と振り返り「1局目は紙一重の碁。2局目は負け碁で勝てたのは運がよかった。3局通して難しい碁でしたが、自分の力を出せたのはよかった」と分析した。

 

記者として書き記したAIとの向き合い方

10月16日、東京で碁聖の就位式があった。記念して河北新報は「囲碁 広がる魅力と可能性」の大見出しで2ページ特集を組んだ。そこに一力は「進化するAIと囲碁」と題する記事を書いている。引用する。

「8月、七大タイトルの一つ『碁聖』を獲得することができました。仙台で幼年期から応援していただいた多くの方々の支えによって結果を出すことができました。改めて感謝申し上げます。

囲碁の世界は、4年前に大きな転換期を迎えました。グーグルの人工知能(AI)『アルファ碁』が人間のチャンピオンにハンディなしで勝利したのです。アルファ碁が登場する前は、チェスや将棋では人間より強いAIが現れていたものの、囲碁で人間を超えるのはまだ先だと誰しも思っていました。

囲碁は局面のパターンが無限に近いほど存在しており、将棋のような『相手の王を取る』といった明確な目的もないため、AIにはハードルが高いと考えていたからです。アルファ碁の勝利は、人間が抱いていた固定概念を打ち破り、全世界を震撼させました。

その後、日本や中国をはじめ多くの国で強いAIが誕生しました。今は人間をしのぐAIが数多く存在し、人間とAIとの関係に変化が生じています。3年ほど前までは対決が多かったのですが、AIが人間を超えた現在は人間がAIを活用して勉強するようになりました。

人間同士の対局にも、AIが大きな影響を与えています。AIが推奨する手には以前では考えられなかったような打ち方も多く、極端に言えばAI登場の前後で囲碁が全く異なる競技になった印象です。

私はその変化について『AIが囲碁の奥深さを再認識させてくれた』と考えています。常識外れと思われた手法が有力であることは、すなわち囲碁がそれだけ自由であることを示しています。私自身、AIの考えを取り入れることにより発想の幅が広がったと感じています。

AIが高いレベルに達した現在、人間同士の対局にはどのような価値があるのでしょうか。私は、個性を表現することが大事だと考えています。AIが人間を超えたのは事実ですが、全くミスをしないというわけではありません。AIが気付かない手が最善となる局面も多々ありますし、形勢が悪くなると暴走することがあります。そのため、AIに依存しすぎるのは危険です。

AIの長所をうまく吸収しながら、自分らしさも出していく。これからは『AIとの共存』が重要になるでしょう」

AIと囲碁の関係を分析した小論文だが、囲碁だけでなく社会全般に対しても示唆する内容を含んでいる。2045年はAIが人類の知能を超えるシンギュラリティ(特異点)になるという予測がある。その影響について人間がAIに支配されてしまうという悲観論、利用すればいいだけでそのようなことは起こらないとする楽観論さまざまだ。

囲碁や将棋の世界では既に人間を超えている。それを実感として日々触れているプロ棋士として出した結論が「共存」という態度だ。「依存しすぎるのは危険」「長所をうまく吸収しながら、自分らしさ(人間らしさ)を出していく」ことがこれからAIと人間の関係でもあろう。

碁聖を獲得したからといって浮かれていられない。国内戦や国際戦、まだまだ先がある。次のステップを踏まなければならない。

著者紹介

田中章(たなか・あきら)

共同通信客員論説委員

1947年、北海道士別市生まれ。京都大学卒業、1972年、共同通信社入社、社会部長、仙台支社長、論説副委員長。現在、共同通信客員論説委員、河北新報社囲碁記者。著書に「人間・思想・政策 土井たか子」、共著に「沈黙のファイル」「東京地検特捜部」など。

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