頑張りすぎな人へ。無理せず「ラク」を追求する自分ファーストのすすめ
2026年09月17日 公開
好きなものを後回しにする食育も、頑張りすぎて自分を追い込む毎日も、根っこは同じ「無理強い」かもしれません。精神科医・和田秀樹氏は、他人にも自分にも無理をさせない「自分ファースト」の姿勢こそが、ごきげんに過ごすコツだと語ります。本記事では、真面目な人ほど知ってほしい「ラクを追求する」考え方を紹介します。
※本稿は、和田秀樹著『落ち込まない 考えすぎない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
他人にも自分にも無理強いをしない
「好きなものから食べる」人と「好きなものは最後に食べる」人がいます。
近年、盛んに行われている食育では、子どもの偏食をなくす方法として「嫌いなものから食べさせる」という手法が推奨されることがあるようですが、私は疑問を感じています。
この手法の意図は「嫌いなものを我慢して食べれば、好きなものがご褒美になる」というところにあるようです。
最後にご褒美があるとしても、食事が少なからず苦痛を伴うものになっていますし、最初の段階に苦痛があれば、食欲も減退するのではないでしょうか。こんなことを繰り返しても、嫌いなものはいつまでたっても嫌いなままです。
無理やり偏食させていないだけで、食事自体が苦痛になり、食への関心がなくなってしまったら本末転倒です。
私は、むしろ好きなものから食べさせたほうが食育効果は上がると考えています。
家庭で、自家製お子様ランチを作って食べさせるとします。
ほとんどの子どもは、好きなものから手をつけていくでしょう。好きなもの、美味しいものを食べれば、食欲も増し、ごきげんになります。ごきげんで食べるから、次に食べるものも美味しく感じられ、食がどんどん進みます。
そうしてどんどん食べ進めるうちに、あまり好きではないものがお皿に残ります。お皿に盛られた料理を全部食べてようやくお腹がいっぱいになるくらいの量にしておけば、食欲旺盛な子どもなら食べるほかはありません。
それでも子どもの手が止まってしまうなら、親がするべきは無理に食べさせることではなく、子どもが自分から食べられるように仕向けることです。
調理法の工夫もその一つでしょう。あるいは、子どもの好きなキャラクターが描かれているお皿を使って「全部食べたらキティちゃんに会えるよ」といった具合に子どもをその気にさせる、という手もあります。そして全部食べたら褒めてあげます。これも大事です。
工夫しても、子どもが食べたがらないなら、無理強いせず、次の機会に持ち越します。うまくいかないときは、一度退却して、別の手を考えてみるのです。
私のお勧めとして、こんな手法もあります。
食べ初めに、「好きなものはどれ?」と尋ねて、いちばん好きなものを食べさせます。食べ終わったら「次に好きなのは?」と尋ねてそれを食べさせる。これを繰り返していくと、最後の一つ以外はみんな好きなもの。美味しく食べられるというわけです。そして、最後の一つくらいは食べなくていい、押しつけないほうがいいと割り切るのです。
苦手なことを無理に克服しようとすると、かえって苦痛が増してしまうことがあります。大切なのは、「苦手なことをなくす」ではなく、それとの向き合い方を変えることです。
好きなものから食べることで食欲が増し、結果として苦手なものも口にするようになるように、大人も好きなことや得意なことから始め、小さな成功体験を積み重ねることで、苦手なことへの抵抗感を減らすことができます。
無理強いせず、自分に合ったペースで向き合うことで、「少しずつできることが増えていく」という実感が生まれ、自信につながります。そうして、気づけば以前よりも前に進めているのです。
好きなこと、得意なことから始める
好きなことや得意なことに磨きをかけ、さらにレベルアップすれば、ごきげんになれるし、自分自身の財産にもなります。
「好きなこと・得意なことを優先する」のは甘えでもわがままでもありません。仕事が立て込んで山積みになっているとき、「どこから手をつけたらいいのかわからない」と迷うなら、好きなことや得意なことから着手しましょう。好きなことや得意なことをやるときは、ワクワクした気分になり、スムーズで効率的にものごとを運ぶことができます。力まずにやれるので、実力以上の力を発揮できることもあります。
滑り出しがうまくいけば、その勢いで、後回しにしたことにも手をつけやすくなります。こうすることで結果的に仕事全体を早く、正確に終わらせられるのです。仮に残ったことがあったとしても、それは嫌いなものなので、そんなにクオリティが期待できないものだったのだと自分にいい聞かせられます。
人が何かを行っているとき、楽しくやるほうが、脳の前頭前野の血流が増えることが、解明されています。また、その後の思考力や単純記憶力がアップすることもわかっています。楽しくやれれば、その先に控えていることにも、モチベーションアップや効率アップが期待でき、高い成果を上げられるというシナジー効果も期待できるのです。
「ラク」は買ってでもする
「若いときの苦労は買ってでもせよ」ということわざがあります。海外にも「若い時の重労働は老いての平穏」という意味の言葉があるようです。
この言葉のように、若い頃の苦労が将来役に立つことは多々あります。若い頃のほうが吸収力があるので、経験から学びやすいともいえます。
しかし、このことわざを「苦労は美徳」ととらえるのは拡大解釈にすぎると私は思います。
同じ目標に向かうのに、難しい方法とラクな方法があったら、どちらを選ぶのが近道でしょうか?どちらの方法をとったほうが能率が上がるでしょうか?
答えは明白です。「ラク」をしたほうが近道で、能率アップにつながります。
「苦労は美徳」という考え方が、自分に我慢を強いて、追い詰めていることに、人はなかなか気づけません。さらに自分だけではなく、他人も追い詰めてしまうのです。
「自分に厳しく、他人に優しく」という人がいます。立派な心がけです。
ところが、そういう人であっても、夫婦や家族などの身近な人に対しては「自分が我慢したのだから、あなたも我慢しなさいよ」と思いがちです。そして、それが夫婦や親子のもめごとのタネになってしまいます。
この手のもめごとでよくあるのが、家事育児分担を巡る夫婦間の争いです。
昨今、共働きはごく普通のこと。家事も育児も夫婦で協力しなければ、とてもこなせるものではありません。しかし、まだまだ多くの家庭で、妻側の負担のほうがかなり大きいという現実があります。
妻と夫それぞれの家事育児に従事する時間割合を、他国と比べるとわかりますが、欧米諸国からは「日本は夫が家事育児をしない国」と見られています。
少々古いデータにはなりますが、2012年に33カ国を対象に実施された「家族と性役割に関する意識調査」によれば、18歳未満の子どもがいる家庭における男女の週間平均の家事育児の時間は、男性が12時間、女性が57時間となっています。男性の平均時間は調査を実施した33カ国の中では、最低の数字です。
これには、男性の労働時間が長いことも関係していると思われますが、女性もフルタイムで働いているなら条件は同じです。かくして共働き家庭では女性は夫に「もう少し家事や育児に参加してよ」となるし、男性は「仕事で精一杯なのに…」となるのでしょう。
私は、家事育児分担でもめるくらいなら、ハウスキーパーを頼んでもいいのではないかと思います。確かに高額かもしれませんが、夫婦で働いているのなら、検討してみてもよいと思います。
欧米諸国では、中流家庭でも、ハウスキーパーを雇う家庭は珍しくありません。仕事が忙しい時期に限って依頼する。掃除だけなど一部の家事についてのみ依頼する。ベビーシッターやお年寄りの話し相手などに特化したヘルパーを依頼するなどさまざまなケースがあります。
近年、ハウスキーパーの派遣会社や家事代行業者も増えていますが、まだそうした業者を利用するのは、贅沢のように思われがちです。そのお金はマイホーム資金に回したいと考える人もいるでしょう。しかし、そうして節約して手に入れたマイホームに住みながら、夫婦間がギスギスしてしまうのでは、本末転倒という気がしないでもありません。
ものは考えようです。ハウスキーパーを雇うのは、夫婦が働きながら家庭生活を成り立たせていくための必要経費。家庭円満という配当を得る投資と考えてみてはどうでしょうか。
家事育児が体力的・精神的にラクになれば、気持ちに余裕ができ、家事育児も楽しく感じられます。親がごきげんになれば、子どもだってごきげんになれます。
ハウスキーパーを雇う余裕がないなら手抜きすればよいのです。手抜きという言葉には、よくないことというイメージがありますが、手抜きは創造的な行為です。
手抜きには、上手なやり方を考える必要があります。ここまでなら手を抜いてOKという目標に到達しなければなりません。手抜きしつつ、目標を達成するにはどうしたらよいか。そうしたことを考えるのは建設的で創造的な行為です。
手抜きをして、円満な家庭生活を成り立たせる。夫婦が家事育児と仕事を両立させるという目標が達成されればよいのです。
「手抜きをOKにすると、その分、配偶者がズボラになるだけ。結局、自分の負担は減らないのでは…」と心配になるなら、まずは、お試しで実行してみればいいと思います。
それで、心配が現実になったら、そのときは、夫婦関係についてあらためて見つめ直し、話し合うときなのだと考えてはどうでしょうか。