医師であり僧侶でもある小笠原文雄さんは、約3000人を看取った経験から「人は旅立つときを選ぶ」と考えるようになったといいます。
患者の家族が孤独死を恐れて入院を希望することは少なくありませんが、小笠原さんは、旅立つ「タイミングは、患者さん本人に任せればいい」と語ります。
書籍『笑って大往生できる人できない人』より、小笠原さんが「いのちの不思議さ」について語った一節をご紹介します。
※本稿は、小笠原文雄著『笑って大往生できる人できない人』(アスコム)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
「人は旅立つときを選ぶ」といういのちの不思議さ
40代の清水麻衣子さんは、末期の乳がん患者で余命3カ月と宣告され、苦しくて夜も眠れない状態。
夫の雅之さんは仕事で帰りが遅く、一人息子の健太郎さんは受験生で、誰も清水さんのお世話ができない状況です。清水さんには「家に帰りたい」という気持ちはあるものの、家族に迷惑がかかると心配していました。
そこで、とりあえず退院をし、家で1泊してダメだと思ったら病院に戻る形を取ることにしました。
退院する頃に、私は清水さんの家まで診察に行き、室内の空気(酸素濃度21 %)より濃度の高い酸素を吸入させる「酸素療法」の酸素の量を、清水さんの状態に合わせて調整しました。そして薬を投与してから、清水さんの家を後にしました。
その翌日、清水さんの表情は少し明るくなっていました。病院とは違って、ぐっすり眠れたのだそうです。「もう一日、家にいてもいいですか?」と清水さんは言いました。
こうして清水さんが家で過ごし始めて3カ月がたつと、酸素療法が不要になりました。
4カ月目に入った頃、「入院します」と清水さんが言い始めました。健太郎さんが受験を迎えるので、自分の存在が勉強の邪魔になると考えたのです。
そんな清水さんに、私はゆっくりと問いかけました。
「う~ん、気持ちはわかるけど、病院に戻ったら息子さんは心配しないかなぁ?」
しばらくの間、清水さんは考え込んでいました。そして顔を上げて、きっぱりと言いました。
「私、やっぱり家にいます」
残念ながら、健太郎さんは浪人することになりましたが、「来年も見届けたいです」と清水さんは力強く話してくれました。
翌年、健太郎さんは大学に合格しました。清水さんと私は、喜びの握手を交わしました。
健太郎さんは下宿するために家を出て、夫の雅之さんは相変わらず仕事で多忙なので、清水さんは一人で過ごしました。テレビを見たり、料理をしたり、訪問看護師やヘルパーとおしゃべりをしたりしていたようです。
退院してから1年9カ月後に、清水さんは寝たきりになりました。大学が夏休みに入り、健太郎さんが帰ってきた日の夜、雅之さんがトイレのついでに清水さんの様子を見に行くと、穏やかな表情で旅立っていました。
家族がそろい、最後の晩餐を楽しんだ夜に清らかに旅立つ。このことに、雅之さんも健太郎さんも驚いていました。
「病院は安心、家は心配」は本当?
「在宅医療だと、家族が介護しなければならない」
「在宅医療よりも入院のほうが安心」
「在宅医療で、孤独死させたくない」
このように思い込んでいる人がたくさんいます。実際の介護はヘルパーに任せて、家族の手は必要がないということを、多くの人は知りません。
そして、「病院は安心、家は心配」だと家族が言って、患者さんを入院させようとすることがありますが、本当にそうでしょうか。
確かに、病院には医師や看護師など、大勢の人がいます。しかし、その人たちは仕事に追われていて、すべての患者さんに目を配ることは難しいのです。大勢の人がいても孤独、それが病院の実情ではないでしょうか。
孤独死は、一人で死ぬことではありません。人とのつながりがなくなって、心が孤独になって死ぬことです。たとえ一人でいるときに亡くなったとしても、本人の願いがかなったのならば大往生です。
患者さんが一人でいるときに亡くなると、「死に目に会えなかった」「一人で死なせてしまった」と悔やむ人がいます。しかし、考えてみてください。
本人は、死ぬところを見られたくなかったかもしれません。また、家族の泣く姿を見たくなかったかもしれません。ですから、悔やむことはありません。
タイミングは、患者さん本人に任せればいいと思います。
ただ、不思議なことに、一人暮らしでも誰かがいるときに亡くなる人が多いのです。一人暮らしの患者さん(136人)のデータでは、8割の人が、ヘルパーなり、看護師なり、離れて暮らしている家族なり、誰かといるときに亡くなられています。
また、「一人のときに死にたい」といつも言っていた人が4人いましたが、全員一人のときに亡くなられていました。
こうしたことから「いのちの不思議さ」に触れる機会を得られ、「人は旅立つときを選ぶ」と考えるようになりました。