キャリアに迷ったとき、相談相手として真っ先に「直属の上司」を思い浮かべる人は、意外と少ないかもしれません。しかし、社内で新しい仕事に挑戦したり、希望するキャリアに近づいたりするうえで、上司は最も大きな力を持つ存在の一人です。友人や家族に悩みを打ち明けるだけでは変わらなかった状況が、上司とのわずかな対話によって動き出すこともあります。
キャリア形成の観点から、なぜ「上司との対話」がコスパ・タイパに優れた選択肢なのか、マンパワーグループ株式会社のシニアコンサルタントで、管理職研修・キャリア開発のエキスパートである難波猛氏に話を聞きました。
※本稿は、難波猛著『ボスマネジメント 「成果を出している人」が上司と話していること』(アスコム)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
キャリアの悩みを「友人・家族・外部プロ」だけに相談していませんか?
キャリアについて悩んだとき、あなたは誰に相談するでしょうか。
身近なところでは、信頼できる友人や知人、同じ職場で働いている同僚、何でも話せる家族といったところでしょうか。最近では、プロのキャリアコンサルタントやコーチに相談する人も増えています。自分を理解してくれている人たちの客観的な意見や利害関係のない第三者へ相談することは、たしかに価値があります。
しかし、あなたのキャリアに現実的な影響を与えることができる人は誰かといえば、ほかでもない、目の前にいる上司です。あなたのキャリアをデザインするうえで、上司ほど有効な相談相手はいません。
具体的にポジションを用意してくれたり、予算を確保してくれたり、他部署を巻き込んでくれたりと、本人の代わりに組織を動かすことができるポジションにいるからです。
ここを理解せずに、感情的な理由で上司との対話を避けるのは、ビジネスパーソンとして合理的ではありません。
上司はポジションパワーを持ち、組織全体の情報や経営方針をあなた以上に把握しています。あなたのキャリアの実現に必要な材料を持っているのに、相談リストから上司を外す理由はどこにもありません。
事前に方向性や問題を明らかにするために、友人、知人や家族、キャリアコンサルタントと話すことは有効ですが、特に組織内キャリアを継続する場合、相談するべき相手は上司です。
あなたが会社員であるメリットを最大限に活かそうと考えるなら、対話を通じて上司をサポーターにすることは重要です。
会社は出世競争の場ではなく「自分を高める舞台装置」
近年注目されているキャリア理論に、「プロティアン・キャリア(変幻自在なキャリア)」があります。ダグラス・T・ホール氏(ボストン大学名誉教授)が提唱し、日本では田中研之輔氏(法政大学キャリアデザイン学部教授)が「プロティアン・キャリア協会」の活動などを通じて世に広めていて、私自身も協会のアンバサダーを務めています。
プロティアン・キャリアでは、会社組織を「出世の階段を上るだけの場所」ではなく、「自分が求める経験を積み、才能を発揮するための場所」と捉えています。
会社という舞台装置を使えば、個人では到底できないスケールのチャレンジが可能になります。企業が持つ看板、ブランド、制度、ネットワーク、予算、人材…。これらがそろった舞台をゼロから一人でつくるのは、たいへん困難です。
「会社に使われる」のではなく、「会社の仕組みや環境を主体的に使いこなす」という視点を持つと、あなたはこれらの舞台装置を通じて、自分のやりたいことを実現できる立場にあることが理解できるのではないでしょうか。
私も、プロティアン・キャリアの理論を実践しながら、会社という舞台装置を最大限に活用してきました。
そして、その最大のパートナーかつサポーターは上司です。
上司に対して「書籍を通じて発信をしていきたい」「人事領域の有識者とセミナーを開催したい」「社外向けの活動を増やして、会社にもリターンを返したい」こうした思いを上司に伝えたことで、予算がつき、機会が生まれ、実際に書籍の出版や、数百名から数千名が集まるセミナーに登壇、民間企業だけでなく政府機関や大学など、多様なプロフェッショナルと仕事をする機会につながっていきました。
もちろん、すべてが順調に進んだわけではありません。組織には優先順位や予算枠があります。それでも、友人や知人に話すだけでは実現しないようなことが、上司を通すことで形になっていったのは事実です。
上司との対話が「コスパ・タイパ最強」と言える理由
キャリアをつくっていく"実行力"という意味で、上司との対話ほど、コスパ(コストパフォーマンス)とタイパ(タイムパフォーマンス)に優れた方法はありません。
コスパの観点では、業務上の挑戦として相談すれば、個人負担ではなく、会社の予算や制度を使うことができます。成果につながれば、あなたの評価が高まり収入が増えるだけでなく、結果として上司の評価にもプラスに働きます。
タイパの観点では、プライベートの時間を削る必要がありません。上司と長時間を過ごす必要があるわけでもなければ、サービス残業でやる気を示すことが前提になるわけでもありません(最近は、サービス残業はむしろマイナスに評価されます)。
キャリアを形成するために取り組むべきことは、会社側で設定されている上司との面談の時間を活用することです。1on1やキャリア面談、中間面談、期初面談などが各社で用意されていると思います。制度がないまたは頻度が少ない場合は、自分から対話を打診しましょう。
たとえば、1日8時間、週5日勤務だとして毎月9600分の業務時間中に30分間、1on1で上司としっかり話す。そのたった30分が、これから先の10年、20年を大きく変える可能性を秘めています。「長く生き、長く働く時代」に、これほどコスパ、タイパの優れたキャリア自律の手段は、多くありません。
10分のチャットで「転職サイトを眺める無駄時間」を消した若手社員
IT業界で勤務する若手社員・Dさんの例です。
Dさんはあるプロジェクトでミスをした後、「評価が下がっている気がする」「この会社にいても大丈夫だろうか」という漠然とした不安を抱えていました。明確な指摘があったわけではありませんが、リモートワーク中心で上司の反応が見えず、気づけば転職サイトを眺める時間が増えていきました。
ある日、思い切って上司にチャットで相談しました。
「どこかでお時間をいただけますか? 10分くらいでいいのですが」
「もちろん。今日の午後なら時間はあるから話して」
「プロジェクトが終わってから次の仕事がなかなか始まらなくて、やっぱりこの間のミスの印象が悪かったのでしょうか」
「ミスは誰にでもあることだから気にする必要はないよ。期待していた役割はきちんと果たしていたからね。そろそろ次の案件が稼働しそうだけど、今後挑戦したい分野や技術領域があれば教えてくれる? 機会があればアサインするよ」
ごく短時間のやりとりでしたが、それだけで、Dさんの中にあった不安や疑心暗鬼はほぼ消えたといいます。それからDさんは、エントリーしかけていた転職サイトを閉じたそうです。
この対話がなければ、Dさんは必要のない転職活動に何カ月も時間とエネルギーを使っていたかもしれません。上司の考えていることが分からないまま、毎日「これでいいのかな」と不安を抱えながら過ごすのはストレスだからです。
上司との定期的かつ継続的な対話は、キャリアの遠回りを避けるための手段であり、自分の職業人生を"成り行き任せ"にしないための、最も合理的でコスパ・タイパに優れた習慣です。