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約300年続いた「男子優先」を捨てた英国 日本の皇位継承論議に欠ける視点とは?

山折哲雄(宗教学者、評論家)

2026年11月02日 公開

皇族数の減少や皇位継承のあり方をめぐり、議論が続く日本。
一方、同じ立憲君主制を採る英国では、2013年に王位継承法が改正され、男子優先の継承制度や宗教上の制約が見直されました。
その背景には、長い歴史のなかで培われた伝統と、時代の変化に向き合ってきた英国王室の歩みがあります。日本はこの先例から何を学ぶべきなのでしょうか。

宗教学者で評論家の山折哲雄氏が、エリザベス女王の生涯と英国の王位継承制度の変遷を振り返りながら、日本の皇位継承論議に欠けている視点を問いかけます。

※本稿は、山折哲雄著『死の覚悟 日本人らしさとは何か』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

英国に学ぶ「継承」の本質

戦後80年をふり返るにあたり、天皇・皇族の議論を避けることはできない。
国会では、「皇位継承」にかんする議論が大詰めを迎えていた。「皇族数確保」のため、男系か女系かを含めて、新旧それぞれの立場からの識者たちのおさらいが終盤に入ったようだ。

しかしそれだけで、ほんとうにいいのだろうか。私の目には、ただ議論のための議論を重ねているようにしかみえない。ここでは英国のエリザベス女王の場合をとりあげて、変動きびしい世界のなかでの「王位継承」についてふれてみようと思う。

知られているように、エリザベス女王は2022年9月8日に亡くなった。96歳の高齢になっていた。王の父ジョージ6世が逝去したのは1952年だったから、在位70年という長きにわたっていた。

ジョージ6世が世を去ったとき、エリザベスは王室外交の一環としてケニアに滞在していたが、外務省の要請でただちに帰国する。そのとき彼女はエリザベス女王と署名して返電しているが、外務省と議会はこれを無視、たんに「王女」として対応していた。

ロンドンの空港に着き、一人不安気な表情でタラップを降りる「王女」の姿を、当時のニュース映像でみたときのことが忘れられない。地上にはチャーチル首相以下、黒ずくめの重鎮たちが居並んで出迎えていた。

当時、国王(ジョージ6世)から後継者(エリザベス)への王位継承を定めていたのは、1701年に制定された、「王位継承法」(Act of Settlement)という、何と250年前の法律だった。

国会(国王)と教会のあいだに大きな亀裂が入り、それが全ヨーロッパに広がりはじめた時代である。イングランド王ヘンリー八世の離婚問題でカトリック(バチカン)からの独立、イギリス国教会の成立につづき、それにピューリタン革命が重なった。王の亡命、殺害がつづく。

その結果、この1701年の「王位継承法」では、王は国教会の信徒でなければならず、そのうえ、男子優位という二重のしばりが設けられていた。その250年前のきびしいしばりが、まだ生きていたのだ。エリザベスが王位を継承したときは、まさに屈辱の体験だったといっていいのではないだろうか。

他方イギリスは、世界の7つの海を征服して押しも押されもせぬ大英帝国になっていた。世界中にたくさんの植民地を抱え、アメリカと並ぶ不動の大国への道を進んでいるかにみえた。

ところが第二次世界大戦後、その広大な植民地がインドをはじめ独立し、かつての栄光の時代がみるみる失われ、しぼんでいった。

 

「差別」を廃した英国

私がサッチャー政権時代に大英図書館のキングス・ライブラリーを歩いていたとき、ビートルズのマッカートニーが書き散らしたノートに、「イエスタデイ」の歌詞が乱暴に書かれていた。
かつて7つの海を支配した栄光の日々を、世界に飛躍するビートルズがかなえている。その誇りの気配が、そこに立ちこめていた。

それがエリザベス女王の先の屈辱の体験と重なる。王室の危機感とオーバーラップする。ダイアナ元妃の「事故死」の記憶まで引き寄せる。ゆらぎはじめた「大英帝国」の屋台骨にはすでに重大な変化が起きていたのだ。

あの1701年に制定されていた旧「王位継承法」がつい最近になって「修正」されていた、ということだ。2013年のことだった。いまから13年前、エリザベス女王死去の9年前、あわただしい動きのなかで進められていた。女王はその「修正法」の成立をみて、はじめて心を安んじてこの世を旅立つことができたのではないだろうか。

この2013年に修正された新「王位継承法」はSuccession to the Crown Actと呼ばれるが、修正のポイントは大きく分けて2つある。

1つ目は、旧法では王位継承者の配偶者はイギリス国教会(聖公会)の信徒にかぎられていたが、これを撤廃、カトリック教徒にも開かれる。宗教差別の廃棄である。

2つ目は、旧法では王位の継承は男子優先だったが、新法ではこれを改め、男女の別なく長子優先とする。つまり男女差別の廃棄である(河島太朗「イギリスにおける2013年王位継承法の制定」『外国の立法 立法情報・翻訳・解説』第258号、2013年、1218ページ参照)。

「君臨すれども統治せず」
この修正法は、女王陛下の政府、つまりHer Majesty’s Governmentの下、英連邦王国16カ国によるパース協定を受けて、イギリス議会を通過したのである。

それにくらべてわが国会における「皇位継承」をめぐる審議の現状は、いったいどうなっているのか。
ここはやはり大死一番、沈思黙考し、世界情勢の変化を見定め、後世に恥じることのない結論をみちびき出してほしいと、切に願わずにはいられない。
【初出『週刊現代』2025年6月23日号】

著者紹介

山折哲雄( やまおり・てつお)

宗教学者、評論家

1931年、米国サンフランシスコ生まれ。岩手県花巻市出身。東北大学インド哲学科卒業。国際日本文化研究センター名誉教授(元所長)、国立歴史民俗博物館名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授。著書に『悲しみの精神史』『宗教の力』(いずれもPHP研究所)など多数。

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