新技術・新サービスの芽を摘み取る日本の著作権法
2013年12月03日 公開 2024年12月16日 更新
《PHP新書『著作権法がソーシャルメディアを殺す』より》
タイタニック号に備えられていた救命ボートには、乗員乗客約2200名の半分の収容力しかなかった。そのため、タイタニック号が氷山に衝突して沈みはじめたとき、船長は女性と子どもを優先して救命ボートに乗せたという。
ところが、現在の日本は、体力、すなわち既得権にモノをいわせて、力のある者たちが“救命ボート”を占拠しているのが現実である。そのいっぽうで“未来のある子どもたち”(ベンチャー企業)が不利益を受けている。
既得権大国の日本では、程度の差こそあれ、こうした現象が多くの業界で蔓延している。そして、それが国としての競争力を低下させるという結果を招いている。
なかでも顕著なのが、著作権関連業界である。著作権者が著作権法を使って、既存のビジネスモデルを死守しようとしているのだ。はっきりいって、現在の著作権法は、新たなビジネスモデルを創出し、経済社会を発展させるイノベーションとは相容れない性格をもっている。ひと言でいえば、著作権法が創造的破壊の芽を摘み取っているのである。
グーグルやアマゾンが短期間で成功を収めたのは、創造的破壊を実行したからである。フェイスブックのモットーは、「すばやく動き、破壊せよ」である。
それとは対照的に、日本では、立法・行政・司法の三権と業界で固めた鉄壁の“著作権ムラ”が著作権法をがっちりコントロールし、既得権や古いビジネスモデルを死守しようと躍起になっている。創造的破壊によって新しい分野や強い企業が生まれるのを阻止しているのだ。
その結果、もはや時代遅れとなった弱体な分野を、いわばユーザーの負担によって支えつづけているわけで、それが日本経済全体の“ジリ貧”を招いている。すでに、日本のユーザーは「負け組」なのである。
負け組は、ユーザーだけではない。新技術や新サービスを開発した技術者やベンチャー企業も、その仲間入りをしている。その代表例が、ファイル共有ソフト「ウィニー」を開発した金子勇氏である。
2012年4月、千葉市・幕張メッセで金子氏の講演を聴いた筆者は、質問に先立って、金子氏に次のような言葉を贈った。
「金子さんは、日本人に生まれて不幸だったかもしれない。なぜなら、欧米版のウィニーを開発した北欧の技術者は、金子さんのように後ろ向きの裁判に7年半も空費させられることなく、その後、無料インターネット電話のスカイプを開発して億万長者になったからです」
ただ、そのときはまだ金子氏が若かったので、失った時間もこれから十分取り戻せるだろうと思っていた。まさか、その1年ちょっとあとに42歳の若さで急逝するとは、夢にも思わなかった。
世界にも例のない著作権法違反幇助罪で逮捕・起訴されたことは、金子さん個人にとって不幸だっただけではなく、わが国にとっても大きな損失だった。「日本のインターネットの父」と呼ばれる、慶應義塾大学の村井純教授はウィニーについて、次のように評している。
ソフトとしては10年に1度の傑作。(「日経産業新聞」2004年5月25日付)
金子氏の早すぎる死を報じた「m s n産経ニュース」(2013年7月12日付)は、村井教授の以下のような談話を紹介している。
ひょっとしたらウイニーがビジネスの基盤に育っていた未来があったかもしれない。ただただ残念だ。
じつは、日本のきびしい著作権法が「ビジネスの基盤に育つ未来」を奪った実例は、これだけではない。たとえば、検索エンジンでも、日本とアメリカの著作権法をめぐる解釈の相違によって、日本は大きなビジネスチャンスを失っているのだ。
日本で検索エンジンが開発されたのは1994年。アメリカでも、この年に検索エンジンが誕生している。ただ、日本では、アメリカのように使用する目的がフェア(公正)であれば著作権者の許諾なしに使用できる、いわゆる「フェアユース」が認められていなかった。
そこで、著作権侵害を回避するため、検索するウェブサイトの了解を事前にとっておく「オプトイン(原則禁止)方式」が採用されたのである。それに対して、アメリカでは、自分のウェブサイトを検索されたくない場合、その旨を意思表示すれば、検索を回避する手段を企業側が用意する「オプトアウト(原則自由)方式」で対応したのだ。
オプトイン方式では、許可が得られたウェブサイトだけしか検索できない。検索サービスは情報の網羅性、包括性が肝であるだけに、両者の差は決定的だった。
日本は、2009年の著作権法改正で個別権利制限規定を追加し、検索エンジンを合法化したが、時すでに遅し。日本の著作権法が適用されないアメリカにサーバーを置いてサービスを開始したアメリカ勢に、日本市場は制圧されてしまった。「読み・書き・検索」の時代に失われた15年は、あまりにも大きかった。世が世なら、日本人の多くが日本生まれの検索サイトを利用するという未来もありえたのである。
その証拠に、アルファベットを使用しない中国や韓国では、当初、グーグルやヤフーなどのアメリカ勢が先行したが、後発の国産検索エンジンがユーザーのニーズにあわせたサービスをオプトアウト方式で提供しはじめると、アメリカ勢を抜き去ったのである。中国のバイドゥ(百度)、韓国のネイバーは、国内での圧倒的シェアを背景に、余勢を駆って日本にも進出している。
オプトアウト方式への対応が遅れた日本は、国産検索エンジンが育つ機会を喪失しただけでなく、国内の市場を外国勢の草刈り場にされてしまった。
著作権法は文化の発展に寄与することが目的であるのに対し、特許法は産業の発展に寄与することを目的としている。ただ、ソフトウェアが著作権で保護されていることからもわかるとおり、著作権法も近年、ビジネス法の側面を強めつつある。だが、先ほどの検索エンジンの例のように、日本の著作権法は産業の発展に寄与するどころか、逆に、新技術・新サービスの芽を摘み取ってきたのが現実である。
その大きな理由は、先に述べたように、“著作権ムラ”が既得権や古いビジネスモデルを死守しているからだ。
筆者がアメリカに駐在していたころ読んだある事件の判決に、
「著作権法は古いビジネスモデルを守るためにあるのではない」
という一文があった。
これは、日本では考えられない判決である。立法、行政、業界とともに著作権ムラを構成する司法が、権利者寄りの著作権法をさらに厳格に解釈するからである。
その結果、検索エンジンに続いて、動画共有サービス、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)、電子書籍など、ネット関連の新サービスがアメリカで次々と生まれ、日本市場まで制覇しつつある。本来ありえたはずの日本企業による雇用の創出が大きく失われ、海外の企業が儲けるという構図がいまだに続いているのである。
インターネットは、先に市場を押さえた企業が制覇する「勝者総取り」の世界である。新技術や新サービスに挑戦しやすい著作権法と、その法律を挑戦者寄りの立場で解釈してくれる裁判所をもつアメリカ勢が優位に立つのは、当然の帰結ともいえる。
しかも、日本の著作権法は、産業の発展にとってブレーキとなっているだけではない。本来の目的である文化の発展にも寄与しているとはいえないのだ。たとえば、動画共有サービスなどのソーシャルメディアでは、ユーザー作成コンテンツ(UGC)が主流になっており、ユーザーがコンテンツ作成の主役である。
その好例が、カナダのカーリー・レイ・ジェプセンと韓国のPSYの2人の歌手である。彼らは、パロディ動画がユーチューブにアップされたことで人気に火がついた。いまや、新曲はパロディ動画で売る時代なのだ。アメリカではパロディをフェアユースとする判例が少なくないが、フェアユース規定のない日本ではパロディを認めた確定判決はない。
このように、日本の著作権法は産業や文化の発展に寄与していないにもかかわらず、強化されるいっぽうである。2012年の著作権法改正でも、違法ダウンロードに刑事罰が科された。
同じ2012年、アメリカでは、ハリウッドが後押しした著作権強化法案がソーシャルメディアによる反対運動で廃案になった。ヨーロッパでも、日米が主導した著作権を強化する条約の批准が見送られた。こうした世界の潮流に逆行しているのが、日本の著作権強化の改正だった。
また、これはソーシャルメディア時代にも逆行する改正でもあった。先に述べたように、いまでも負け組の日本のユーザーを刑事罰で萎縮させる改正だったからである。ソーシャルメディアの普及によって、コンテンツを創作するユーザーの役割は増すいっぽうである。にもかかわらず、著作権強化のとばっちりを受けているのである。
アメリカでは、ユーザーの投稿動画で一大メディアに成長したユーチューブにしろ、ユーザーの開発したアプリでiPhone、iPadを大ヒットさせたアップルにしろ、ユーザーの創造力を活用した企業が勝ち組となっている。
日本もクールジャパン戦略を成功させるには、できるだけ多くのユーザーの創造力を結集し、クールなコンテンツを生み出す必要がある。漫画家・赤松健氏の「スポーツでも何でもアマチュアの裾野が広いほど、プロは強くなります」という指摘を忘れてはならない。
<書籍紹介>
著作権法がソーシャルメディアを殺す
日本の著作権法よ、いいかげんにしろ! 既得権を過剰に保護することに躍起となり、ユーザーを無視する“著作権ムラ”の実態をレポート。
<著者紹介>
城所岩生(きどころ・いわお)
1941年生まれ。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)客員教授。東京大学法学部卒業、ニューヨーク大学修士号取得(経営学、法学)。NTTアメリカ上席副社長、米国弁護士(ニューヨーク州、首都ワシントン)、成蹊大学法学部教授を経て2009年より現職。成蹊大学法科大学院非常勤講師も務める。デジタルネット時代の著作権問題に精通した国際IT弁護士として活躍。
おもな著書に『米国通信戦争』(日刊工業新聞社、第12回テレコム社会科学賞奨励賞受賞)、『米国通信改革法解説』(木鐸社)、部分執筆に『デジタル著作権』(ソフトバンククリエイティブ)、『著作権の法と経済学』(勁草書房)、『知的財産法判例ダイジェスト』(税務経理協会)などがある。