『ヒラリー 政治信条から知られざる素顔まで』より
ヒラリーの対日政策を語る時、日本の政治関係者の間でトラウマのようになっているのは、クリントン政権時の「ジャパン・パッシング」だと思う。
1998年、クリントン大統領が、同盟国である日本に立ち寄ることもせずに中国に9日間も滞在したショックがあって、「ヒラリーは中国好きで、日本嫌いに違いない」などという論調をよく目にした。アメリカにおける日本の存在感の低下と、日本への関心の低さへの懸念である。
しかし、1990年代当時と、2015年現在とは状況が全く違っている。
まず、当時、アメリカと日本は日米貿易摩擦を抱え、日米包括経済協議など(ジャパン・バッシングともいわれた)が進められており、一方で中国は、台頭著しい魅力的な市場だった。しかし、現在、中国はアメリカにとって最大の貿易輸入相手国、かつ最も警戒すべき相手あり、南シナ海の問題、アジアインフラ投資銀行やTPPなど、政治・経済両面で、アジア太平洋地域の主導権争いも含めて対立が深まっている状態だ。
ヒラリーは国務長官時代、ロシアのプーチン首相(当時)、中国の胡錦濤国家主席や政府高官らと渡り合ったが、国連安保理で拒否権を行使されたり、人権問題解決を取り合ってもらえなかったりして、両国への不信感は増したものと思われる。
いずれにしても、4年間の国務長官の経験を通して、ヒラリーが、国際情勢に精通し、外交の表舞台に立ったことは大きな意味を持つ。
では、ヒラリーが大統領になると、対日政策はどう変わるのか?
おそらく当面は特段の変化はなく、日本はアメリカにとって安定した同盟国という立場が続くものと考えられる。日本軽視ではない。
日本は、アメリカにとり、いわば保険のようなもの。ずっと長い期間かけているから安心で頼りにもしている。それがなくなったりしたら困るが、普段は意識しない、という感じだろうか。
ヒラリーの近著『困難な選択』でも日本についての記述はほんのわずかである。
しかしそれは、日本は経済的に豊かで、テロなどの危険も少なく、政治も安定していて、日米関係において早急に対処しなければならない課題がなかったためだと考える。また、ヒラリーは、安倍政権の女性活躍政策については評価しており、育児休暇など子育て支援策については、参考にする部分もあるのかもしれない。
ただ一つ指摘しておきたいのは、アメリカ国内における日本以外のアジア系の影響力についてである。特に中国系、インド系、フィリピン系、ベトナム系、韓国系アメリカ人の伸び率(50%以上)と日系アメリカ人の伸び率(13.5%)の差(アジア系アメリカ人の人種別推移。2000年と2010年の人口調査による)が、対日政策に今後どのような影響を及ぼすのかは気になるところだ。
いずれにしても、アメリカ大統領にヒラリーがなったからといって、すぐさま対日政策が変わることはないと思われる。
著者:岸本裕紀子
1953 年東京生まれ。エッセイスト。慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、集英社ノンノ編集部勤務。その後渡米し、ニューヨーク大学行政大学院修士課程修了。帰国後、文筆活動を開始。女性の人生の他、社会・政治評論も手掛ける。株式会社ビックカメラ社外監査役、日大法学部新聞学科非常勤講師。著書は、『定年女子 これからの仕事、生活、やりたいこと』(集英社)、『オバマのすごさ やるべきことは全てやる!』『ヒラリーとライス アメリカを動かす女たちの素顔』『感情労働シンドローム』(以上、PHP新書)、『なぜ若者は「半径1m以内」で生活したがるのか?』(講談社+α新書)など多数。