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社会

リベラルアーツとは~全人力を身につけるエリート教育

鈴木典比古(国際教養大学理事長/学長)

2016年06月29日 公開 2023年02月01日 更新

PHP新書『なぜ国際教養大学はすごいのか』より

 

将来のエリートをめざす学生たちはリベラルアーツを学ぶ

「私たちはテクノロジーとリベラルアーツの交差点にいる」

これは故スティーブ・ジョブズが、アップル社を評して言った言葉です。

ジョブズはリード大学というリベラルアーツカレッジに通っていました。

ジョブズの言葉の「リベラルアーツ」を「教養」と訳してしまうと、ジョブズが何を言おうとしたのかはわかりません。これを、「科学技術と自由市民になるための技芸の交差点にいる」と訳したらどうでしょう。アップル社でiPhoneやiTunesのような革新的な製品がなぜ生まれたのか、イメージできるのではないでしょうか。

リベラルアーツは、最近日本でも注目されるようになってきました。書籍でも、タイトルに「リベラルアーツ」とついた本が増えています。ただし、日本ではリベラルアーツは教養と訳されることが多いので、とらえ方が人によってバラバラのように感じます。

リベラルアーツの起源は、古代ギリシャの教育原理である「自由な人間になるための全人的技芸 アルテス・リベラーレス(artes liberales)の習得」にあります。ギリシャやローマを経た中世・近世ヨーロッパでは、自分の意思で自由に生きていくために身につけるべき技芸として、天文学や算術、音楽、幾何学、文法学、論理学、修辞学の7つの教育が行われていました。これらは「自由七科」と呼ばれました。その流れを受け、現在では人文科学、自然科学、社会科学の分野にわたる実践的な知識を学ぶ教育として理解されています。

私は、リベラルアーツとは、1)個人が習慣・束縛・偏見から自分を解き放ち、新たな自分を構築していくもの、2)「自分の自分による自分のための」学び、ととらえています。リベラルアーツはたんに広い知識を学ぶだけでなく、知識の習得を通じて問題解決のためのスキルや意思決定力、発想力や思考力を養うための技芸なのです。

たとえば医師をめざす場合、日本では医学部に入り、1年目から医学の専門教育を受けることになります。一般教養科目もありますが、それほど重視はされていません。

一方、アメリカでは、学部時代の4年間はリベラルアーツだけを学ぶことに費やします。いきなり医療関係の専門科目を受けるのではなく、まずは人格面を磨くのです。そのうえで、メディカルスクールに進学し、さらに4年かけて医学専門教育を受けます。

専門知識を身につける前に倫理観や問題解決力、相手の気持ちを理解するコミュニケーション力を磨いているので、知識ばかりの医師にはなりません。日本の医師は専門知識は豊富ですが人間味に欠け、コミュニケーション力が弱いと言われているのは、リベラルアーツを学んでいないからでしょう。

アメリカでは医師にかぎらず、弁護士や官僚などの専門職やエリート人材は、その多くが学部時代にリベラルアーツを学びます。そのため、日本のような総合大学のほかに、リベラルアーツ教育だけを行うリベラルアーツカレッジというものが存在します。

有名なのは、ウィリアムズカレッジ、ベイツカレッジ、コネチカットカレッジ、ハミルトンカレッジなど。ユニバーシティではなく、カレッジという名になっているのが一般的です。日本でも新島襄、津田梅子はリベラルアーツカレッジで学び、アメリカではオバマ大統領、ヒラリー・クリントン元米国務長官、アナン元国連事務総長といった名だたる政治家もリベラルアーツカレッジ出身です。

ハーバード大学やスタンフォード大学のような総合大学でもリベラルアーツ教育は行なっていますが、それをより徹底しているのがリベラルアーツカレッジになります。アメリカではリベラルアーツカレッジを卒業したあと、すぐに就職する人もいますが、基本的には大学院に進学して専門知識を学びます。

リベラルアーツカレッジはそのほとんどが人口数千人から数万人の地方都市に点在しています。学生数も1千~2千人程度の小規模大学で、名門のリベラルアーツカレッジでも、日本ではほとんど名前を知られていません。

しかし、そのような大学に将来のエリートをめざす学生たちが、アメリカだけでなく世界中から集まってきます。アメリカでは、有名な州立大学とリベラルアーツカレッジの両方に合格したら、リベラルアーツカレッジを選ぶ学生が多いというぐらいの存在です。

ここで行われる教育は、徹底した少人数制教育です。日本の大学のように大教室で講義を聴くだけの授業はなく、15~20人程度で行われる対話型の双方向授業です。芸術も科学も、教員や教科書から一方的に知識を伝えられるような受身の学習(パッシブ・ラーニング)ではなく、学生も授業に積極的に参加し、自分の目的に合わせて行う学習(アクティブ・ラーニング)で学んでいくのです。

また授業だけではなく、日常生活もすべてがアクティブ・ラーニングの場として学習環境が整えられています。キャンパスは郊外にある場合が多いので、大学周囲には都会のような娯楽施設はありません。基本的に全寮制で、さまざまな人種の学生が大学内にある寮で共同生活をします。さらに、施設の清掃や庭の手入れ、図書館の本の整理などの労働を課されている学校もあります。まさに生きる力を身につける場だといえるでしょう。

寮には教授が一緒に暮らしているケースもありますので、教授と学生の対話の機会も授業だけにとどまりません。

このような日々のなかで、学生はたんなる知識や情報のやりとりではない、まさに人格と人格が触れ合うようなコミュニケーションを体験します。その繰り返しが社会人として必要な倫理観や人格を形成していき、一人の人間として社会を生きていくために必要なすべてのことを学ぶのです。

とくに人を相手にする職業には、リベラルアーツは重要でしょう。自分の意見を伝えるだけではなく、相手の考えを理解し、尊重する双方向のやりとりがコミュニケーションの基本です。そのための思考法や実践力を養えるのがリベラルアーツなのです。

ただ、誤解しないでいただきたいのは、リベラルアーツは職業または専門技術に関することを習得できるわけではありません。だからアメリカではリベラルアーツカレッジを卒業してから、ロースクールやメディカルスクールなどの大学院に通います。それにより、人間性と専門性の兼ね備わったエリート人材として社会に出ていけるのです。リベラルアーツを学べば、それだけで就活に有利になるというとらえ方は、理解が浅いといえるかもしれません。

日本の大学教育は入学時点で専攻分野を選び、4年間かけて専門の知識を深く身につけます。しかし、知識の土台となる人間性や人格を鍛えないので、世界のエリートと対等に渡り合えないエリートになってしまうのでしょう。

聖路加国際病院の日野原重明先生も、まずは学部でリベラルアーツを学ばせ、その後の4年間で専門科目を学ばせるアメリカ型の医学教育の必要性を説いておられます。専門知識は、一人の人間としての基礎があってこそ、正しく使いこなせるものなのです。

鈴木典比古(国際教養大学理事長・学長)
1945年、栃木県生まれ。68年、一橋大学経済学部卒。同大学大学院経済学修士。インディアナ大学経営大学院経営学博士(DBA)。ワシントン州立大学助教授、准教授、イリノイ大学助教授などを経て、国際基督教大学準教授、教授、学務副学長を歴任。2004年、同大学学長に。13年、国際教養大学理事長・学長に就任。国際基督教大学時代から一貫して「リベラルアーツ教育」を推進している。著書に『国際経営政治学』(文眞堂)、『グローバリゼーションの中の企業』(八千代出版)、共著に『弱肉強食の大学論』(朝日新書)、『グローバル教育財移動理論』(文眞堂)などがある。

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