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中国の独裁体制崩壊を見据えた習近平の野望

丹羽宇一郎(元伊藤忠商事会長/元中華人民共和国特命全権大使)

2016年10月19日 公開 2023年01月12日 更新

従来の民主主義国は教訓にならない

 人権問題も含めて中国が民主化、あるいは民主主義体制に移らないかぎり、中国の存在は 国際社会の脅威となる、そんな指摘を少なからず耳にする。
 現在の中国について、元北京市長で中国の最高指導部たる中央政治局常務委員の王岐山とは、互いの立場を離れて一対一で議論したことがある。私が「現在の中国は日本を含む先進国の資本主義や民主主義を学ぶべきだ」と話したところ、王岐山は「それはちょっと違う」と 異論を唱えて、おおよそ次のように語った。
「民主主義的資本主義体制にある先進国の教訓は、中国にはそのまま教訓にならない。中国 はこれだけの巨大な人口を抱えている。いままでの資本主義社会は、せいぜい数億人の規模 にすぎない。そういう国の資本主義、民主主義体制と、14億人の民主主義体制はまったく違う。経済の規模、深さ、あらゆる意味で同じことをやって統治ができるとは思えない。こ の巨大な国を、雇用から環境問題まで、すべての面にわたって多数決の民主主義で統治する ことができるだろうか」
 アメリカやユーロ圏の人口は3億人、日本は1.2億人。それに対して人口14億人、92%の漢民族と55の少数民族を抱え、日本の25倍以上の国土を持っている中国で、どうすれば自由と民主主義を実現できるのか、という問いである。アメリカや日本の例は、参考にはなっても教科書にはならないという。私は、彼の意見に一定の説得力があることを認める。
 たとえば、全人代(全国人民代表大会)に所属する3000人の議員が、いかにして日本やアメリカのように熟議を尽くして審議していくのか。全員が議論して多数決で決めることなど、とうてい無理だ。ある程度、民主的な手続きを飛ばした独裁的な決定がなければ、何も決まらないだろう。
 国家の統一が担保されなければ、その国の発展も繁栄も安定もない。そう考えると、現在 の経済力の下での国家体制を考えるかぎり、中国という巨大な国家を統治するには、共産党の一党独裁以外の選択肢は考えられないのではないか。
 もちろん、言論弾圧や人権侵害は厳しく批判されてしかるべきである。しかし、欧米と同じ民主主義体制では14億人の民を統治することはきわめて難しいというのが、長年のあいだ中国とつき合ってきた私の実感でもある。

著者紹介

丹羽宇一郎(にわ・ういちろ)

公益社団法人日本中国友好協会会長

1939年、愛知県生まれ。前・中華人民共和国駐箚特命全権大使。名古屋大学法学部卒業後、伊藤忠商事株式会社に入社。98年に社長に就任すると、翌99年には約4,000億円の不良資産を一括処理しながらも、翌年度の決算で同社の史上最高益を計上し、世間を瞠目させた。2004年、会長就任。内閣府経済財政諮問会議議員、日本郵政取締役、国際連合世界食糧計画(WFP)協会会長などを歴任ののち、10年、民間出身では初の駐中国大使に就任。12年の退官後も、その歯に衣着せぬ発言は賛否両論を巻き起こす。現在、早稲田大学特命教授、伊東忠商事名誉理事。著書に、『中国の大問題』(PHP新書)など。

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