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昭憲皇太后の夢にあらわれた坂本龍馬の「留魂」

松浦光修(皇學館大学文学部国史学科教授)

2016年12月26日 公開 2023年01月19日 更新

皇后陛下(昭憲皇太后)の夢

皇后陛下(昭憲皇太后)が、葉山御用邸に御滞在された去る二月初旬のことだそうです。いうのもおそれおおいことですが、ある夜の夢に、白無垢を着た一人の男が、御座所の入り口にひれ伏して、こう申しあげました。「私は、維新の前、お国のために、働いておりました坂本龍馬と申すものでございます。海軍のことは、そのころから熱心に心がけておりました。このたびロシアとの戦いが、いよいよはじまろうとしております。いざ……そうなった時、私は、もうこの世のものではないものの、私の魂は、わが国の海軍に宿り、忠義の心があって勇敢な、正義の心があって節操がある、そのような日本の軍人たちを守る覚悟でおります」

男がそう申しあげた……と思ったら、その姿は、かき消すようになくなりました。

(千頭清臣『坂本龍馬』)

そのあと、昭憲皇太后が、龍馬の写真を取り寄せて見ると、それは、まさにその夢にあらわれた男であった……といいます。

この夢について、後世の人々は、いろいろと興ざめなことをいったり書いたりしていますが、私は、そのようなゲスの勘ぐりのようなことをいう気にはなりません。なぜなら吉田松陰が、こういうことを書いているからです。

「すでに私は、楠公たちと同じ理を、自分の心にしています。そうであるのに、どうして、私の気が体にしたがい、やがては腐りはて、崩れはてることで、すべてが終わりになるでしょうか」(「七生説」)

たとえ身は滅びても、魂を留めて日本を守る……、つまり「留魂」ということを、松陰は、本気で信じていました。そして、たぶん幕末の志士たちの多くも、同様の思いで生き、そして死んでいったにちがいありません。

ですから私は、龍馬ほどの人物であれば、その「留魂」は、それ以後も日本を守りつづけていても不思議ではない……と思っています。明治の日本に〝海の向こうからの危機〞が迫った時、皇后陛下の夢にあらわれた龍馬は、「日本の軍人たちを守る覚悟です」といいました。そして日本は、「皇国の興廃」をかけて全力で戦い、勝利しました。それは、ただ日本が勝った……ということで終わる話ではありません。

小さな東洋の有色人種の国が、巨大な白人の軍事大国に勝利したことによって、「大航海時代」以来、数百年にわたる白人の世界侵略が、東洋の一角で阻止されたことを意味するのです。そのあと、世界各地で有色人種の独立運動が本格化していくわけで、それは、まさに数百年に一度の、世界史的な大事件であったといえます。

そして今……、またもや日本には、海の向こうからの危機が迫りつつあります。たぶん龍馬の「留魂」は今、最前線の陸や海や空で、黙々と日本の守りについている人々を、また、それらの人々の指揮にあたっている人々を、力強く守ってくれているのではないでしょうか。

本書は、平成27年の6月、PHP研究所から企画・立案を受けて書きはじめたもので、その時から、私は、膨大な量の史料や資料との格闘をはじめました。しかし、それから10か月ほどした平成28年4月、私の故郷の熊本が、未曾有の大地震に見舞われ、それから7か月を経た今も、余震がつづいています。私も何度か故郷に足を運びましたが、その惨状は、言語を絶するものでした。そして私は、遠い伊勢市から、故郷の人々の身を案じつつ、この本の執筆をつづけました。

私をふくめ、熊本を知る多くの人たちは、「熊本は大地震とは無縁」と思いこんでいたふしがあります。なにしろ目の前に安土・桃山時代からビクともしていない熊本城の石垣があったのですから、人々がつい……そう思いこんでしまったのも、無理はないでしょう。ところが、その石垣も、一夜にして崩れました。ですから私たちは、「昨日まで、それでうまくいってきたからといって、明日からも、それでうまくいくとはかぎらない」ということを、肝に銘じておかなくてはなりません。

たぶん「憲法」についても、同じことがいえるはずです。70余年の間……、それでうまくいってきたからといって、明日からも、それでうまくいくとはかぎらないのです。

わが国の先人たちは、厳しい国際社会のなかでも、日本の「伝統」を守るため、雄々しく日々の「創造」の過程に生き、苦闘しながらも、後世の私たちに尊い「遺産」を遺してくれました。本書では、その歴史の一端をお話ししたつもりですが、書き終えて今、思うのは、その子孫である私たちが、そのような先人たちから見て恥ずかしい生き方をしてはなるまい、ということです。

この本が、かけがいのない祖国の「伝統」を守るため、今、雄々しく日々の「創造」の過程に生きていらっしゃる方々にとって、ささやかな灯火になるのであれば、著者の幸い、それにすぎるものはありません。

なお、本書の企画がきっかけになって、「イマジニア」の知的教養動画サイト「10MTVオピニオン」でも、龍馬や「五箇条の御誓文」のことをお話しいたしました。その動画のうちのいくつかは、無料でアップロードしていただいておりますので、よろしければご覧ください。

著者紹介

松浦光修(まつうら・みつのぶ)

皇學館大学 文学部国史学科教授

昭和34年、熊本市生まれ。皇學館大学文学部を卒業後、同大学大学院博士課程に学ぶ。現在、皇學館大学文学部教授。博士(神道学)。専門の日本思想史の研究のかたわら、歴史、文学、宗教、教育、社会に関する評論、また随筆など幅広く執筆。著書に、『【新訳】南洲翁遺訓──西郷隆盛が遺した「敬天愛人」の教え』『【新訳】留魂録──吉田松陰の「死生観」』『【新釈】講孟余話──吉田松陰、かく語りき』(以上、PHP研究所)、『大国隆正の研究』(神道文化会)、『やまと心のシンフォニー』(国書刊行会)、『夜の神々』(慧文社)、『日本の心に目覚める五つの話』(明成社)、『日本は天皇の祈りに守られている』(致知出版)など。

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