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トランプによって消されるオバマ外交と政治

日高義樹(ハドソン研究所首席研究員)

2017年01月19日 公開 2022年11月02日 更新

ドナルド・トランプは、バラク・オバマがレガシー、つまり大統領遺産として残したいと考えている、イランとキューバに対する宥和政策も破棄することにしている。

オバマは、イランが自主的に核兵器開発を中止すれば、経済制裁をとりやめるという話し合いをイランと進めたが、この政策は各方面から強い批判を浴びている。イランが国策としている核兵器開発をやめるはずがないからだ。

オバマは依然として共産主義による専制体制をとっているキューバに対しても宥和政策をとり、2016年3月、キューバを訪問して国家評議会議長のラウル・カストロと国交正常化について話し合った。

12月にラウルの兄で、半世紀以上にわたってキューバを支配したフィデル・カストロが死亡したとき、オバマは「歴史に残る偉大な指導者だった」と述べたが、ドナルド・トランプは「野蛮な独裁者だった」と切り捨てた。

バラク・オバマが力を入れた金融機関の規制、とくに一般消費者を保護する規制についても、ドナルド・トランプは、アメリカ経済を抑圧しているとして、実質的にとりやめようとしている。

バラク・オバマが自らの業績として歴史に残したいと考えている多くの取り決めをドナルド・トランプが勝手に破棄することはできないと、リベラル派の『ニューヨーク・タイムズ』などが指摘している。だがオバマは、こうした取り決めをすべて大統領特権によって行ってきた。

オバマはこの8年間、アメリカ議会と真っ向から対立してきたため、議会の同意を得ないまま、多くの国内法を改正し、条約を締結してきた。大統領特権という、本来ならば非常事態にのみ許される大統領の特別な権限によって処理してきたのである。ハドソン研究所の友人は、こう指摘している。

「オバマが取り決めた法律や協定は議会の同意が伴っていない。したがって、オバマがいなくなれば、後継者であるドナルド・トランプにはその法律や取り決めを施行する義務はない。オバマの大統領権限によって特殊な形で成立した法律や協定は、トランプ大統領が施行しなければ、実質的に消滅してしまう」 

大統領特権によって決められたことは、議会の決めた法律や協定とは違い、大統領が放置すれば効果はなく、消滅したものと同じことになるというわけである。

バラク・オバマは、移民法について大統領特権でその一部を変え、不法移民がそのままアメリカ国内に留まれるようにした。

アメリカの移民法では、不法移民はすべて、国外退去の対象になるが、オバマは親とともにアメリカに密入国した子供が成人した後、そのまま居住できるという特例法をつくったのである。

この特例法によって、500万人以上の不法移民が居住を認められることになった。オバマはさらに、こうした移民たちに居住を許可するだけでなく、労働ビザを与えることも考えていた。だが議会が同意しなかったため、大統領特権を使って強引に決めてしまった。

人道主義を建前にして不法移民を認めたバラク・オバマとは正反対にドナルド・トランプは不法移民に対して厳しい姿勢をとっている。大統領選挙中、ドナルド・トランプの移民に対する暴言に等しい発言が批判を浴びつづけたが、その発言に普通のアメリカ人の本音が含まれていたため彼は当選した。

ドナルド・トランプがホワイトハウスに入れば、オバマの特例法は破棄され、本来の移民法によって不法移民はすべて国外退去の対象になる。

オバマは問題を広い視野で見ることをせず、長期的に考えようともせずに処理しようとした。このため議会との話し合いがつかず、やりたいことをやるには、大統領特権を乱発するほかなかった。

だがこうした歪んだオバマ政治が完全に裏目にでて、オバマはヒラリー・クリントンを後継者とすることに失敗した。

バラク・オバマという大統領は、私がこれまで見てきたアメリカ大統領とは基本的に違っている。アメリカの大統領は行政府の長で、短期的な問題を処理する必要があるが、同時にまた国家の元首として、国家というものを長期的に考えなければならない。

バラク・オバマはそうした考えに至らなかったために、すべてを短期的に処理して、大統領としての自らを、短期的な政治の現象の一部にしてしまったのであった。

オバマはアメリカの国家元首を決める大統領選挙戦に乗り込み、競争相手を罵ったが、こうした行動はオバマ自身が、国内政治のプロセスの一部になってしまったことを意味する。

オバマのとった短絡的な行動がいまや、オバマに無慈悲にはね返ってこようとしている。歴史に残したいと望んでいる業績がすべて消滅の運命を辿ろうとしている。もっとも、大統領特権をふりまわしたオバマ政治は、むしろドナルド・トランプに、新しい政治体制をつくりやすい立場を与えているとも言える。

すでに述べたように、ドナルド・トランプは選挙戦以来、アメリカのマスコミと対立し、当選後も厳しい攻撃を受けている。アメリカのマスコミは今後もトランプ大統領とトランプ政権を攻撃しつづけると思われるが、マスコミ側にとってやりにくいのは、批判するにあたって比較の対象としてオバマ政権の業績や仕事を引き合いに出さなければならないことである。

いま述べたように、バラク・オバマがホワイトハウスを去れば、その業績はまるで淡雪のように簡単に溶け去ってしまう。オバマ政権を褒めあげることができない。アメリカのマスコミがリベラル派の大統領を褒めようとすれば、42代大統領ビル・クリントンになる。

ビル・クリントンはマスコミに好かれ、今度の選挙戦でもヒラリー・クリントンより人気があると言われたが、その業績よりは、ホワイトハウスのインターンとのセックス・スキャンダルで名高い。

しかもインターンとの関係について、議会で噓の証言をしたことによって、大統領弾劾裁判にかけられた。マスコミとしても誉めるわけにはいかない。

アメリカの人々は、ドナルド・トランプの政治革命がアメリカを大きく変えようとしているいま、第二次世界大戦後のアメリカ政治について見直す必要に迫られている。

トランプ嫌いのリベラルなマスコミでさえ、リベラル派が支持してきたアメリカの大統領たちが、アメリカという国を大きく傷つけてしまったことを認めざるをえなくなっている。

第二次世界大戦を戦ったフランクリン・ルーズベルトやハリー・トルーマンを除けば、第二次世界大戦後のアメリカ民主党大統領は、すべて失敗している。ジョン・F・ケネディはベトナム戦争で、ジミー・カーターは石油危機でアメリカ国民を苦しめた。二人とも、アメリカの国民が歴史に残る偉大な大統領として誇れる大統領ではない。

 

※本記事は日高義樹著『トランプ登場は日本のチャンス』より一部を抜粋編集したものです。

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