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未解決事件を風化させない! 覆面本「文庫X」が盛岡の書店から全国に波及した理由

田口幹人

2018年08月03日 公開 2022年06月22日 更新

 

客からの苦情で展開ができなくなった書店もあった

「文庫X」現象が、650店を超える本屋のみなさんを巻き込むことができた要因は、本当は表紙を隠して販売したという奇抜な売り方ではありません。

それはあくまできっかけであって、「文庫X」現象の本質ではないでしょう。『殺人犯はそこにいる』という本の力があってこそ、成立したのです。

全国の650店という数字が多いのか少ないのかと聞かれたら、おそらく少ないのだろうと思います。全国の本屋のわずか5パーセントにすぎないのですから。

奇抜な売り方は、自店での展開をためらわせた大きな理由のひとつでしょう。
また、この販売方法を実施した後のお客様の問い合わせに、どこまで対応するのか悩み、展開を見合わせた書店員もたくさんいたと聞いています。それに、この販売方法に否定的な意見を持った書店員もたくさんいたことでしょう。

いずれも正しいのだと、僕は思っています。表紙を隠し、本の情報を隠して販売する手法は、「文庫X」が初めてではありません。以前から、いろいろな本屋が試みていました。

それは、その店を利用するお客様との信頼関係があるからこそ成立する企画なのです。ここだったら騙されてもいいか。そういう気持ちがなければ、その本を手にすることはありません。

日常の中で、その繫がりがあることが前提となっているために、他店の企画を横滑りさせて展開しても、一過性の話題づくりにはなっても、その後の信頼関係にひびが入る恐れもあります。

カバーで隠した本が、自店のセレクトであれば、その店のお客様にも説明が付きますが、それを担保できない以上、展開しないという判断も必要だと思っていました。実際、苦情があり展開を途中でやめた本屋が何軒かあったと聞いています。

 

「未解決事件を風化させまい」という思いが拡散の原動力に

もっとも、企画者の長江は、「文庫X」を他店に積極的に広めることに興味がありませんでした。さわや書店フェザン店のお客様が喜んでくれたらそれでいいと。

僕もそれは同じ思いでした。しかし、新しいカバーをかけられ「文庫X」として展開されたその本が、『殺人犯はそこにいる』だったことが、仲間の書店員に声をかける動機となりました。

当初、全国の数店舗の友人にだけ声をかけました。『殺人犯はそこにいる』を「文庫X」として展開していることと、その売り方の功罪も含めて。

その友人たちは、『殺人犯はそこにいる』を単行本刊行時から読んでいて、一冊でも多く販売することで、そこに書かれた事件を風化させまいとしていました。

中の本への思い入れなくして成立しないこの販売方法が、あそこまで広がりを見せたのは、最初に展開してくださった数店舗の本屋のみなさんの決断によるところが大きいのです。

読者には「本とはこういうものだ」というイメージがあるのではないでしょうか。装丁が施されたカバーがあり、著者が分かり、タイトルが見え、内容の要約とおすすめのコメントが記載された帯がかけられ、店頭に並んでいる……。

その先入観を裏切ることで、手にとってもらう手法。それが「文庫X」です。本屋の側もお客様(読者)も、その非日常を楽しんだ企画でもあったのでしょう。

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多くの読者が「文庫X」の正体を秘密にし続けてくれた

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