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佐渡裕× 松下正幸 リーダーとして、現場監督としての指揮者哲学

「志」対談

2018年09月03日 公開 2018年09月04日 更新

指揮者は建築現場の現場監督に似ている

松下 佐渡さんはヨーロッパ各国を中心に活躍されています。現地では何語で話されるのですか。

佐渡 基本的には、その地域の言葉で話しています。ドイツ語圏ならドイツ語、フランスならフランス語、イタリアならイタリア語といった感じで。ただ、海外に出て30年経ちますが、恥ずかしいレベルです。特にイタリア語などはメチャクチャですよ。

松下 特別な勉強をされたことはありますか。

佐渡 フランス語の学校に通ったことは全然ないですね。イタリア語は1週間だけ、ミラノにあるイタリア語の学校に通いました。この時は、ほとんど缶詰状態でした。

松下 ドイツ語は?

佐渡 最初に留学したのがオーストリアのウィーンでした。バーンスタインに連れていってもらったのです。オーストリアもドイツ語ですから、ウィーンのドイツ語学校で中級レベルまでは学びました。ただ、バーンスタインはアメリカ人で英語を話すから、ドイツ語はほとんど使いませんでしたね。

松下 佐渡さんは今、ウィーンに拠点のあるトーンキュンストラー管弦楽団の音楽監督も務めて、日本とウィーンを行き来されていますね。とすると、今はドイツ語も得意になられたのでは?

佐渡 いやぁ、これがなかなか難しくて(笑)。特に苦手なのが、演奏会後に開かれるパーティーですね。定期会員のお客さんたちを前に挨拶しないといけない。演奏会の後で、皆さん、音楽の余韻に浸っています。そうした中、「ダンケシェーン」だけではすまされない(笑)。関西人の血も騒いで、ちょっとしたジョークも言おうと思うけれど、ドイツ語ですから、なかなか難しいですね。

松下 言葉以外でも、オーケストラのメンバーとコミュニケーションで大変なことはありますか。

佐渡 指揮者って、一段高いところに立って、指揮棒を持って指示を出す立場なんです。でも、今やそういう時代ではないという思いがありますね。メンバーと同じ目の高さで考えるべきじゃないかと。
ただ一方では、国にも会社にも学校にもリーダーがいるように、オーケストラにもリーダーは必要だとも思います。指揮者や音楽監督がその楽団のリーダーだとすると、一段高いところにいる自覚を持つことが大切でしょうね。
それと、オーケストラは、子供の頃から「音楽の天才」といわれた人たちの集団なんです。でも、天使の集まりじゃない。非常に人間くさくて、社会の縮図のような場です。

松下 個性が強い人が多くて、まとめるのが大変そうですね。

佐渡 一方の指揮者も人間くさくて、生ぐさい。でも、「こいつについていこう」と思わせる魅力を持たないといけない。フェアであることなど、心がけていることはいくつかありますが、私が最も大事だと思っているのは「楽譜をどこまで読み取り、消化できているか」ということです。ここに信頼関係を築く根幹があると思っています。

松下 指揮者に似ている仕事や立場はありますか。

佐渡 建築現場の現場監督に似ているかもしれません。現場監督は建築家がつくった設計図を読み込んで、コンクリートやガラス、組み立てなどの責任者に指示を出していく。その時には、単に数字や形、色だけでなく、完成形のイメージを持って、どういう人がどんなふうに使うのかまでを想像することが大切で、そこまで設計図を読み込む必要があるように思います。
指揮者も、ベートーヴェンなどの作曲家が何を考えてその曲を書いたのかを想像する力が必要です。さらに指揮者は、ステージでプレイヤーと一緒に立つわけですから、プレイングマネジャーみたいな存在でもある。とすると、季節やその日の天候、客層、室内か野外か、ホールの残響は1秒か2秒か、といったことまで考えて指揮をする必要があります。

松下 指揮棒を振る行為は、総合的な活動なのですね。

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