苦境のメガネスーパーを甦らせた実践哲学
2019年05月27日 公開 2019年05月27日 更新
8年連続赤字、3度の債務超過……。メガネ業界大手のメガネスーパーは、2000年代後半頃から異業種の格安チェーンに市場を奪われ、苦境に陥っていた。再生請負人としてその舵取りを託された星﨑尚彦社長は、みずから最前線に立ち、徹底した現場主義を実践。柔軟かつ迅速に考えて動く組織を育て、V字回復へと導いた。はたして、どのように現場力を鍛え、自社の強みを磨き上げたのか。その実践哲学をうかがう。
取材・構成:平林謙治
写真撮影:にったゆり
「天領」を設けて、思考停止の現場に入る
「ここにあった『メガネスーパー』っていうお店、どこへ行ったか知りませんか?」
一人のお客様からこう尋ねられて、私は唖然とするしかありませんでした。メガネスーパー再建の要請を受けて、社長就任前に都内の店舗の様子を密かに視察していた私は、その時、まさにその店の目と鼻の先に立っていたからです。にもかかわらず、私に話しかけられたお客様は、そこがメガネスーパーだと気づいていない……。
原因はロゴの“改悪”でした。当社のロゴは元々、白地に赤か、赤地に白で「メガネスーパー」とカタカナが目立つ表記だったのに、それを「megane SUPER」とアルファベットに一新。カナはその下に小さく入るだけで、デザイン的にはかっこいいのですが、肝心の店名がわからなくなってしまっていたのです。
おまけに、店頭には幟も立っていなければ、呼び込みも出ていない。どうりで視察中もお客様が店に入らなかったわけです。2013年7月に私が社長に就任した時には、ロゴの変更に伴う全店舗の改装工事がすでに第3期まで進んでいたのですが、周囲の反対を押し切って急遽ストップをかけ、元のロゴを復活させました。
8年連続の赤字、3度の債務超過――瀕死の状態のメガネスーパーに私を招いたのは、2011年から経営の立て直しを主導していた投資ファンドのアドバンテッジパートナーズ(AP)でした。前職でもそのAPから依頼されて、別の会社の経営再建を手がけていた私に、白羽の矢が立ったのです。
APの意を受けた旧経営陣も、私が来る前から様々な施策を打ってはいました。ロゴ変更もその一つです。しかし一事が万事で、中に入って見てみると、何もかもがチグハグな印象でしたね。どこかズレていて、裏目に出ているケースが多かったのです。
例えば、「現場が欲しいと言っているから」と、本社で販促物を作成したのに、店舗を訪れてみると、「こんなの、要りませんから」と言ってバックヤードに積んであったこともありました。当時、既存店売上が前年比80パーセント程度で落ち込み続け、毎月2億円もの赤字が出ていたにもかかわらず、ですよ。
本社の幹部社員は、ふた言目には「現場、現場」と口にするのですが、その割にみずから店舗へ行って実態を見ようとしない。だから、よかれと思って策を講じても、現場に伝わらず、かえって迷惑がられるようなあり様でした。
一方、現場も現場で、やれと言われたことしかやってこなかったがために、スタッフがみな思考停止に陥っていたのです。長くオーナー企業だった弊害でしょう。赤字続きでも、上の考えにはノーと言えない。ロゴ一新が裏目に出ても、「ファンドがやることだから間違いないだろう」とみずからに言い聞かせて従うだけ――。やることなすことチグハグで、組織のどこに真実があるのか、誰を信じていいのか、外から来た私には当初、全く見通せない状況でした。
視界を少しでも確保するためには、みずから直接、現場にかかわっていくしかありません。当時は全国に約320店舗あり、それらを6人のストアディレクターと2人のゼネラルマネジャーで統括していたのですが、彼らのフィルターを通して上がってくる「現場」の声や状況が、正しいとは思えなかったからです。まずは、東京や神奈川にある直営六店舗を、私の大好きな歴史ネタに絡めて「天領」(江戸幕府の直轄地)と名づけ、私自身が直接、店舗運営にあたることから始めました。