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橋下徹氏が北朝鮮に学んだ「小国が大国を揺さぶる交渉術」

橋下徹(元大阪府知事/弁護士)

2020年03月17日 公開 2023年07月12日 更新

 

金正恩が核開発とともにこだわった「勢力均衡」とは?

国際社会は力と力のぶつかり合いだ。

小国が、大国相手に自分の主張を押し通すなら、強い国の力を借りざるを得ない。米朝首脳会談前に金正恩が北京を訪れて中国の習近平と会談したが、北朝鮮は、大国アメリカと交渉するにあたり、しっかりと中国の後ろ盾も得ておくべきという判断をした。勢力均衡(=互角の力)のセオリーどおりだ。

また、金正恩は、軍縮とは勢力均衡の関係が緊張のピークに達した後に始まり、勢力均衡を維持しながら全体の軍備の量を少なくしていくプロセスであることを、十分に認識している。

力のない者が軍縮を呼びかけて力のある者が応じるほど、国際社会は甘いものではない。

軍縮を進めたいなら、まずは力の弱い者が力を持って勢力均衡に持ち込み、それがギリギリの緊張関係に来たところで、やっと軍縮が始まるという歴史的なプロセスをしっかりと理解しておかなければならない。

ワシントン軍縮会議(1921年)、ロンドン軍縮会議(1930年)も、力のない者が軍縮を叫ぶだけで実現できたわけではない。勢力均衡にある大国が軍事力を増強し合い、もうこれは危ないというギリギリの緊張状態に達したところから軍縮が話し合われた。

中距離核戦力全廃条約(1987年)も、ソ連の中距離核ミサイルの配備に対抗して、勢力均衡の考えからヨーロッパ西側諸国も同ミサイルを配備し、極度の緊張関係が生じたところから交渉が始まって、最後は相互全廃に至った。アメリカとソ連の第一次戦略兵器削減条約(START Ⅰ)(1991年)や、アメリカとロシアの新戦略核兵器削減条約(新START)(2011年)も、両国の関係が緊張状態に至ってから交渉がスタートして成立した。

あまり語られてはいないが、アメリカとソ連が核戦争をやるのかと世界が騒然としたキューバ危機(1962年)も、もともとはアメリカがソ連に向けた核ミサイルをトルコに配備したことが発端だ。それに対抗してソ連が、アメリカの裏庭であるキューバにアメリカへ向けた核ミサイルを配備しようとした。ソ連は勢力均衡の考えから極度の緊張関係を作った。

そして核戦争のリスクがピークに高まりつつも、最終的にはトルコの核ミサイルと、キューバの核ミサイル配備計画の両方が消滅した。

僕は世界政府や世界警察ができるまでの間は、核兵器がゼロになることはないと思っているが、それでも、もし核兵器の全体量を少なくしたり、本当に核兵器をゼロにしたりすることができるならば、それは望ましいことだ。

ではそれをどのように実現すべきか。実行プロセスを考えるのが政治である。核兵器廃絶を唱える運動を否定はしないが、しかしそれだけでは、真の核なき世界は実現しない。

核兵器の全体量を少なくするには、さらにゼロにするには、逆説的ではあるが、いったん核兵器の全体量を増やさなければならないと考える。

警察がいない世界において、拳銃を持っている相手に拳銃を放棄させるには、勢力均衡の考えからこちらもいったん拳銃を持って、極度の緊張関係を作り、最終的には相互に拳銃を放棄するというプロセスをたどるしかない。

もちろん、何らかの行き違いによって暴発するリスクもあるが、そのようなリスクを負担しなければ、相手に拳銃を放棄させるというメリットも得ることができないというのが厳しい現実だ。

日本やアメリカにとっては北朝鮮の核兵器が脅威である。しかし北朝鮮からすれば、在韓米軍や在韓米軍の核兵器が脅威である。

金正恩は、自分たちにとって脅威である在韓米軍や在韓米軍の核兵器を縮小させることを目標としている。

自分たちもいったんは核兵器を持った上で、アメリカと同時に放棄していく。それは世界平和というきれいごとではなく、自分の生存のためという保身が第一であろうが。

今の段階で北朝鮮に核兵器保有を取り下げさせる(非核化)というのであれば、在韓米軍や在韓米軍の核兵器も撤退か少なくとも縮小していかなければ勢力均衡の考えからは筋が通らない。

自称インテリたちの口だけ軍縮よりも、北朝鮮の核兵器をいったんは保有する行動のほうが、皮肉にも軍縮につながっていく可能性が高いのである。

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