経営者として「相手の気持ち」を考えるということ
20年以上経営者として生きてきた中で思うことがある。
ビジネス論はいろいろあるが、成功するために最も大切なことは
「相手の気持ちや痛みを理解する力」
を身につけるということではないだろうか。
商店街はみんな仲が良かった。しかし、今思えばそれぞれの店は独立した店舗だ。繁盛しているお店もあれば、そうでもない店もある。店ごとに優劣が決まってしまうということは、今も昔も変わらない。
当時は子どもだったからそんなことはわからなかったが、いろんな嫉妬ややっかみで人間関係がギクシャクすることもあったと思う。
その中で、母の経営する夢工房は相変わらず繁盛し、僕は幼い頃から外食が日課だった。
「あんたはおじさんの気持ちがわかってない」
中学校の頃だったと思う。その頃は知恵がついてきて、少々寂しさをほのめかしたときに、母が余分にお金をくれることがあった。
そのお金を貯め、自分へのご褒美に、あるステーキハウスに行った。満腹で僕が家に帰ると、シャッターの鍵が閉まっていた。たぶん僕が家にいると勘違いして父が鍵をかけたのだろう。
お金を全部使いきっていたため、僕は近所の食堂に電話を借りに行った。そのとき、いかにそのステーキがおいしかったのかを、食堂のおじさんにとうとうと語っていた。
電話がつながり、母が僕を迎えにきた。その帰りにこんなやりとりをした。
「茂久、あんたステーキハウスに行った話をしてたよね」
「うん、したよ。まじでおいしかったし」
「あんたはおじさんの気持ちがわかってない」
その頃はまだ、僕には商売人の気持ちなどまったくわかっていなかった。そんな僕に母は言った。
「あのね、おじさんも同じ飲食店をしてるのよ。鍵をかけたのは悪かったけど、ステーキのおいしさを語られたおじさんの気持ちを考えた?」
思いきり僕はふてくされた。母の言葉の意味がまったくわからなかったからだ。
「あんたはまだ人の気持ちがわかってないね。もっと相手の立場や気持ちをわかる人にならなきゃね」
ふん、そんなこと知ったことか。そもそも閉め出したほうが悪いくせに。言葉にはしなかったが、心の中でそう言いながら、無言で母と2人でアーケードの中を歩いて帰った。ステーキの味はどこかに消えてしまっていた。